結局夕方になっても沢登先輩はやってこなかった。
みんなは怒ることも無く私に付き合ってくれた。
 
 
 
 
或るTHSCの日常。11
 
 
 
 
内沼「でもさー、西村おかしいよ」
 
あかり「え?」
 
乃凪「お前、まだ言ってるのか? 沢登がいい奴だって言ったのお前だぞ?」
 
内沼「違うって。そういう意味で西村におかしいって言ったんじゃなくてさ」
 
あかり「私、何か変なこと言いましたっけ?」
 
内沼「そういうことでもなくて。……西村って沢登のこと『沢登先輩』って呼んでるじゃん?」
 
あかり「は、はい……」
 
内沼「普通、付き合ってるなら先輩って呼ぶのはおかしくない?」
 
あかり「お、おかしいですか……?」
 
和原「きっとあれですよ。二人っきりで甘えるときなんかに『ゆずるv』みたいな」
 
内沼「ああ〜、なるほど……うう、西村が遠い世界へ……」
 
あかり「し、してませんッ!」
 
和原「違うの?」
 
あかり「違う!」
 
 
 
もう……和原くんってこういう話するんだ……なんかイメージと違うなぁ。
そうご本人に申告すると、ぷっと大きく吹き出されてから、いやに盛大に笑われてしまった。
 
 
 
和原「あはは……に、西村さん……俺のこと、どういう男だと思ってたの?」
 
あかり「ぅ、んー……いい人そう?」
 
和原「いい人は、こういう話しないの?」
 
あかり「しなくはないだろうけど……なんか、清純派……みたいなイメージ?」
 
内沼「えー、和原のどこら辺が清純派なの? 西村……」
 
あかり「い、イメージですってば!」
 
和原「残念でした。俺はこういう男です。なぁ? 耕介」
 
「さあ?」
 
和原「さあって……付き合い長いじゃん、耕介ぇ……」
 
あかり「な、乃凪先輩はどうですか?」
 
乃凪「俺? 別に潔癖症とかでもないから平気だけど……」
 
内沼「そうそう。ほっといたらそんな話ばっかりだよね! ノリちゃんは」
 
乃凪「それはお前だ」
 
あかり(そっか……そういう話、ほとんどこのメンバーでしたことなかったな、そういえば)
 
内沼「でも西村。別にいっつもそんなことばっかり考えてる訳じゃないからね?」
 
あかり「それはそうでしょうけど……でも」
 
乃凪「まあ、結局キャラクターって感じもするけどな。
常日頃から言ってるヤツが今更なに言っても平気だけど」
 
内沼「なんでそこで俺を見るの?」
 
「乃凪先輩が急に内沼先輩みたいになったら、ってことですよね」
 
乃凪「それは嫌だ。そんなことになるくらいなら、髪の毛が全部抜けたほうがまだましだ」
 
内沼「喧嘩売ってる? ねえ、喧嘩売ってるの?」
 
和原「相手に対するイメージの問題もあるよね。喋ってみたら違かった、みたいな。そういうことでしょ?」
 
あかり「うん。それもあるよね……」
 
内沼「なるほど、西村はこういう話があんまり得意じゃないと。じゃあ、もう止めよう」
 
「この話の流れを作ったのは内沼先輩ですけど」
 
和原「というか、内沼先輩日ごろからそういう発言ばっかりなので大丈夫かと……」
 
 
 
減らない口を叩き続ける後輩二人の口を、
内沼先輩は渾身の力をもって捻り、引っ張りあげた。
 
うわぁ、痛そう……。
 
 
 
和原「でも、なんで譲って呼んであげないの?」
 
 
 
少し赤くなった口元をさすりながら、和原くんが不思議そうに尋ねてくる。
 
 
 
あかり「なんかね、やっぱり沢登先輩って呼んじゃうんだ。癖で」
 
内沼「ねぇねぇ! じゃあどういうときに譲って呼ぶの?
やっぱりありがたみがなくなるから、いざってとき意外呼ばないとか?」
 
あかり「え? えーと……」
 
乃凪「お前さっきこの話止めようとか言ってなかったか?」
 
内沼「うるさいなー、この小姑」
 
あかり「あの……本当は普段からも名前で呼びたいなってのはあるんですけど」
 
内沼「あるんですけど?」
 
あかり「前に、一度呼んだとき……すごい驚かれて。ああ、今はまだ駄目なのかなって」
 
和原「驚いて駄目ってどういうこと?」
 
あかり「あのね、両親とお手伝いさん意外に呼ばれたのが久しぶりだったんだって」
 
内沼「だったら、それは駄目な訳じゃないんじゃないの?」
 
あかり「……そのとき、こう言われたんです。『家族以外で名前で呼ばれたのは花邑以来だ』って」
 
あかり「それ以来、なんとなく呼べなくて……」
 
乃凪「あれ、でも花邑は沢登のこと苗字で呼んでたぞ?」
 
あかり「あ、小学校の一時期は名前で呼び合ってたんですって」
 
内沼「へぇ、なんか想像するとキモイね」
 
乃凪「失礼な。大体お前だって人のこと名前で呼んでるじゃん」
 
内沼「え? ノリちゃんって名前なんていうの?」
 
乃凪「名前知ってる上での愛称じゃなかったのか!?」
 
「あの、本当どうでもいい会話は勘弁してください。話進まないんで」
 
乃凪「生まれてきてごめんなさい」
 
和原「でも、考えすぎじゃないかな。沢登先輩、そこまで考えてないと思うよ?」
 
あかり「そうかな……」
 
和原「それにさ、それだとずっと名前で呼べないんじゃないの?」
 
あかり「あのね。いま急に、じゃなくて、徐々にでいいかなって思ったの。
 時間が経って、花邑先輩が引っ越しちゃったってことを、
 落ち着いて受け止められるようになってからでいいかなって」
 
あかり「沢登先輩には、いつも笑ってて欲しいから。
……私が花邑先輩の代わりになれるかどうかは分からないけど」
 
内沼「西村……」
 
 
 
私がそんなことを言った所為か、皆が黙り込んでしまった。
う、そんなに深刻な台詞に聞こえたのだろうか。
 
 
 
あかり「あ、あの、皆さん? そんなに悩んでる訳じゃないので……」
 
「……代わりになる必要はないんじゃない?」
 
あかり「え?」
 
「だって、委員長だって西村さんに花邑先輩を投影してるわけじゃないんだろうし」
 
あかり「……?」
 
和原「そうそう。呼びたいなら我慢する必要ないと思う」
 
あかり「匣くん、和原くん……」
 
 
 
私の小さい悩みごと。
誰にも言えず、ずっと抱えてきた悩みごと。
 
でもそれも、
自分が傷つきたくないからという理由で、沢登先輩のせいにしてただけなのかもしれない。
 
自分が本当どうでもいいところにこだわってたんだなって思えてきた。
 
 
 
乃凪「いや、なんか青春だな……」
 
内沼「青春だねぇ」
 
「和原、お前はちょっと自重したほうがいいと思う」 ※雨宮先輩のこと
 
和原「え? なにを?」
 
「……分かってないならいいよ」
 
あかり「ふふ……」
 
 
 
笑っている和原くん達に向かって、私は心の中で『ありがとう』と呟いた。
沢登先輩じゃないけど、私も風紀のみんなが大好きなんだって、改めて実感した。
 
 
 
内沼「じゃあ、ついでに夕日の海でも見て帰ろうか?」
 
乃凪「はい、先輩。『青春=海』という図式に全くひねりが感じられません」
 
内沼「髪の毛抜くよノリちゃん」
 
乃凪「NO!」
 
「それにこういう場合、夕日が沈む海ってシチュエーションは失恋したときっぽいような……」
 
内沼「いいの! 黙って付いて来る!!」
 
「はいはい……」
 
あかり「あはは。……でも、これで海に行って沢登先輩がいたら笑いますね」
 
 
 
流石にそれは無いんじゃないか?と乃凪先輩に言われ、
いくら沢登でもねーと内沼先輩。
 
帰り支度をして教室を出て行くみんなを追いかけ、私も風紀会議室を後にした。
 
 
 
乃凪「なあ」
 
内沼「ん?」
 
乃凪「確か、堤も『ゆず』とか呼んでなかったか? 沢登のこと」
 
内沼「ああ、呼んでたよね」
 
乃凪「あれは、名前を呼んでるってことにはならないのか?」
 
内沼「……細かいところ気にしてると、本当ハゲるよ?」
 
乃凪「本っ当、勘弁してください」
 
 
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