見る人によっては、わがままで、傍若無人に見えるかもしれない沢登先輩。
でもそれは、生きることに、生きていくことに、必死なだけだったりする。
 
 
 
だから、奇行といわれる数々も、彼なりの“生き方”なのである。
 
 
 
そう、生きるということにはそれなりのエネルギーが必要だし、
つまらないと本当、全てがどうでもよくなってしまう人もいるだろう。
 
 
そんな人は、彼を見て欲しい。
自分の在り方一つで世界は変わる、変えられるのだと。
 
 
自分を主張することで、自分の存在の容認を強要し、
そして、その上で自分を拒まないで欲しいと訴える。
 
 
 
それが彼の生きるための、この世に存在するための“在り方”なのだ。
 
 
そしてそれが、彼の“世界”なのだ。
 
 
彼は彼なりに必死なのだ。
 
 
 
 
──そして、
 
 
 
 
私はそんな不器用な彼に、惹かれたのだ。
 
 
 
 
或るTHSCの日常。12
 
 
 
 
内沼先輩の提案で、私たちは帰りに海を見ていくことになった。
どうせなら景色も綺麗に見える灯台によろうという流れになり、
防波堤のすぐ横を、風変わりなメンバー達はぼんやりしながらてくてく歩く。
 
 
 
あかり「夕方の海も綺麗ですよね」
 
乃凪「そうだなぁ」
 
内沼「ノリちゃん。折角だから、沈む夕日に髪の毛抜けませんようにってお願いすれば?」
 
乃凪「なんで沈むものにそういうお願いしないといけないの? なんか余計抜けそうなんですけど?」
 
「大丈夫ですよ、乃凪先輩。太陽は沈んでもいつかは昇ってきますから」
 
乃凪「折角なら、そっちの昇ってるときにお願いしたいよ。沈んでるときだと余計抜けそうだよ」
 
和原「先輩。そんなに抜け毛が深刻なんですか?」
 
乃凪「いや、そこまでじゃないが……」
 
あかり「あのー……」
 
乃凪「どうした? 西村」
 
あかり「髪の毛抜けませんように、より、増えますように、の方が前向きな気がするのは私だけなんでしょうか……」
 
乃凪「……確かに、去るものを追いかけるよりは健全だな」
 
内沼「ほらノリちゃん。あそこにノリちゃんと同じ様に、抜け毛の悩みを夕日に向って拝んでる人がいるよ」
 
乃凪「なんで何でもかんでもそこに結び付けるんだよ! ……って、あれ?」
 
あかり「どうしたんですか?」
 
乃凪「いや、今内沼が言ってた人……逆光で見えにくいが……」
 
「あの人がどうかしたんですか?」
 
乃凪「……沢登じゃないか?」
 
 
 
夕方の灯台前の休憩所。
 
そこに、いつもの仁王立ちではなく、
手すりにもたれて海を眺める沢登先輩を皆で見つけ、
私達はものすごく脱力した。
 
私なんて、手から鞄を落としてしまったほどだった。
 
 
 
和原「……どうでもいいけどさ」
 
「なんだよ」
 
和原「沢登先輩、私服は女装じゃないんだ」
 
「あ、本当だ」
 
乃凪「前に見たときは女装だったぞ?
なんかえらくビラビラして、服から装飾品なのか針金が出てて、素で近寄りたくない格好だった」
 
内沼「そうだ、西村。デートするときはどっち?」
 
あかり「ま、まだそんなにしてませんけど……前にご両親に紹介されたときは」
 
内沼「ご両親に紹介ッ!?」
 
あかり「あ、あ、べ、別に結婚とかそういうわけじゃ……」
 
和原「どうだった? 沢登先輩の両親って。やっぱりあんな感じ?」
 
あかり「えーと、お母さんは美人だったよ。お父さんは不思議な人だった」
 
乃凪「そりゃぁな。息子のお土産に海イグアナの人形を三桁単位で贈ってくるような人らしいからな……」
 
内沼「それよりさー、あいつ沢登の癖に黄昏てるように見えるんだけどー。生意気ー」
 
 
 
こちらに背を向ける沢登先輩は、
内沼先輩の言うとおり、少し寂しそうに見える。
 
 
 
あかり「……多分、あそこに花邑先輩が住んでたからだと思います」
 
「そういえばそういうこともあったね」
 
あかり「うん。……花邑先輩が一時的に灯台暮らししてたとき、
割と頻繁に沢登先輩通ってみたい。心配だったんだって」
 
内沼「なんか『妻問婚』みたいだね……」
 
乃凪「ああ、古文で習ったあれか」
 
和原「何スか? それ」
 
内沼「そのうち古文で習うよ。早く知りたかったら自分で調べろ」
 
和原「はぁ……」
 
内沼「って、そうじゃないだろ!?」
 
あかり「え?」
 
内沼「あいつ俺らを呼び出しといて一人何してんだよ!」
 
乃凪「多分、花邑が引っ越したっていう事実に打ちひしがれて呼び出したことすら忘れんてんじゃないのか?」
 
「ありえますね」
 
和原「もう哀愁漂いまくってますしねー……」
 
あかり(沢登先輩……)
 
内沼「まったく、面倒くさい男だなぁ……しょうがない、俺らで元気付けてあげる?」
 
あかり「え?」
 
乃凪「どうやって?」
 
内沼「人が一瞬でも元気になるときって、大体嬉しいときか怒ってるときでしょ?」
 
乃凪「怒ってるときは、元気が出たとは言わんがな」
 
内沼「もー、揚げ足取らないでよ! とにかく、気がまぎれればいいの!」
 
あかり「でも、どうやって……?」
 
内沼「うーん……じゃあみんなで名前呼んでやろうよ!」
 
乃凪「『譲く〜ん』ってか?」
 
和原「究極の嫌がらせですね、それ」
 
内沼「なんだよ、お前じゃんよー。呼んでやれって言ってたの」
 
和原「俺は西村さんに言ったんですってば」
 
乃凪「でも、お前も嫌がらせだって分かってるんだろ?」
 
内沼「もちろん」
 
あかり「で、でも! いい考えだと思いますよ?」
 
内沼「だよねー! じゃあ俺がせーのって言うから、ちゃんとみんな声出してよ?」
 
 
 
みんな沢登先輩のことちゃんと見てますよ?
前に、あなたは『君の明るさに救われている』といってくれましたよね。
 
あなたの言葉を借りると、私だけがあなたを照らしている訳じゃないんです。
みんなであなたを照らして、みんなをあなたが照らしている。
 
 
 
内沼「せーのッ」
 
 
 
助けあって、
 
支えあって、
 
みんなで笑いあって。
 
 
 
だから、笑顔であなたに振り向いてもらいたい。
 
 
 
内沼「……なにあの微妙な顔」
 
あかり「あはは、沢登先輩すごく驚いてますね」
 
乃凪「そりゃいきなり下の名前で呼ばれたら驚くって」
 
和原「あ、いつもの怖い笑顔になった」
 
「そして猛スピードでこっちに向かってくるんだけど」
 
内沼「……逃げた方がよくない?」
 
乃凪「……逃げた方がいいんじゃないか?」
 
あかり「逃げましょう!」
 
和原「じゃあ最初につかまった人がみんなにジュースおごるってことで!」
 
あかり「ええ?!」
 
「じゃあ俺右に逃げるから」
 
内沼「俺はこっちー。10分たったらこの場所ね!」
 
乃凪「みんな沢登に捕まってたら笑うけどな。じゃあ俺左に逃げるから」
 
あかり「え、え? 私はどっちに……」
 
沢登「君らは一体何をして……」
 
内沼「うわ、逃げろッ!!」
 
 
 
内沼先輩の掛け声に、私たちはいっせいに走り出す。
 
 
 
沢登「あッこらッ! 待ちたまえ!」
 
あかり「きゃー! 待ちませーん!」
 
 
 
あなたが大好きです、沢登先輩。
 
あなたの声が、
 
あなたの姿が、
 
あなたの匂いが、
 
あなたの優しさが、
 
あなたの全てが。
 
 
 
沢登「捕まえた! 全く、人の顔を見て逃げ出すとは君ら全員お仕置きが必要だなッ!」
 
あかり「きゃー!!」
 
沢登「……なんだね、嫌に嬉しそうな声を出して……」
 
あかり「大好きです、譲先輩ッ!」
 
沢登「な……ッ」
 
あかり「手が緩んだ隙にッ!」
 
沢登「あぁッ! こら逃げるんじゃない!」
 
 
 
そして、みんなあなたが大好きなんです。
 
 
ずっと、あなたが笑顔でいられますように。
 
そして、笑顔のあなたの隣に私がいられますように。
 
 
 
沢登「捕まえた! もう離さないからな、西くん」
 
あかり「西くん……ですか?」
 
 
 
少し意地悪く言った私の言葉に、先輩は目を瞬かせた。
 
 
 
沢登「いや……離さないよ、あかり」
 
あかり「はい、離さないでください、譲先輩……」
 
 
 
 
 
 
日常から、非日常へ。
 
私を“世界”へ招いてくれた人。
 
 
 
微笑む先輩の瞳には、笑顔の自分が映りこんでいた。
 
 
 
END.
 
 
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