今更かもしれないけど、私は沢登先輩とお付き合いさせていただいてる。
なんで付き合うことになったのかはよく覚えてないけど、
一つだけはっきりしていることは、私が沢登先輩を好きだということ。
 
ふみに話したら、『物好きだねぇ』で片付けられてしまったけど。
 
 
 
あかり(あ、沢登先輩スカートが皺になってる……)
 
 
 
伝言を終え、私を教室まで送ってくれた(といっても極短い距離だが)後、
颯爽と去っていく沢登先輩を見送っていると、
裾の方が皺になったスカートが視界に飛び込んできた。
 
 
 
 
或るTHSCの日常。3
 
 
 
 
あかり「沢登せんぱいッ!」
 
 
 
「ん?」と立ち止まり、少し無理な体勢で上半身のみひねる沢登先輩。
器用だな……じゃなくて。
 
私はそんな人の元まで小走りで駆け寄った。
 
 
 
あかり「スカート、裾が皺になってますよ。もう、座るときはちゃんと気をつけないと」
 
沢登「はは、君に言われたら終わりだな」
 
あかり「失礼ですね。大体沢登先輩スカート暦長いんでしょう? どうしてこういうことになるんですか?」
 
沢登「うむ、おかしいね。僕は何もしていないのだが」
 
あかり「何もしてないのが駄目なんです! スカートで座るときは、綺麗に直してから座るか、
スカート自体を巻き込まないようにしてから座らないと……」
 
 
 
言いながら、しゃがんで目の前の高さに来たスカートの裾を、
ぎゅっと下に引っ張ったり横に引っ張ったりしてみる。
今更だけど、沢登先輩のスカート丈って結構きわどい短さだよね……。
 
 
 
沢登「……うむ、流石にこの状態で君を見守るのは辛いね」
 
あかり「?」
 
 
 
見上げると、先ほどの無理な体勢のまま私を見ている沢登先輩。
 
 
 
あかり「先輩……辛くないですか?」
 
沢登「だから辛いといっているではないか」
 
あかり「……でも、よく考えたらいつもすごい体勢して踊ってますよね」
 
沢登「舞の時と日常生活は違うのだよ」
 
あかり「ち、違いますか?」
 
沢登「ああ。舞の時は全神経を集中するからね。……普段出来ないことも、出来たりするのだよ」
 
あかり(普段できないこと……)
 
 
 
果たして、この沢登先輩に普段出来ないことがあるのかどうか悩むが、
そうだな……確かに、舞を舞っているときの沢登先輩は、空も飛びそうな勢いはある。
 
 
 
沢登「さ、スカートをまわすから待ちたまえ」
 
 
 
急にそう言い出すと、沢登先輩はスカートのウエスト部分をわしっと掴み、
しわになった部分をぐるっと自分の正面まで持ってきた。
 
 
 
沢登「ほら、これで見やすい」
 
あかり「あのー……私の作業的にはあまり代わらないんですが……」
 
沢登「何を言う、僕の臀部に話しかけるよりはいいだろう」
 
あかり「いえ、前に向かって話しかけるのもどうかと……」
 
沢登「ええい! わがままだな西くんはッ!! つべこべ言わずご奉仕したまえッ!!」
 
あかり「ご、ご奉仕って……」
 
 
 
結局さっきまでの雰囲気をぶち壊すくらいの勢いで、
沢登先輩はいつもの沢登先輩に戻ってしまっていた。
 
でも、やっぱりいつもの沢登先輩の方が落ち着いてしまうのは彼女として失格なのかなぁ……。
スカートをこれでもかというほどぎゅっと引っ張り、そんなことをもんもんと考えてしまった。
 
 
 
あかり「……そういえば」
 
沢登「ん?」
 
あかり「沢登先輩って、男子の制服はお持ちじゃないんですか?」
 
沢登「何だね急に」
 
あかり「いえ、……ちょっと見てみたいなって」
 
沢登「残念ながら購入してないね」
 
あかり「やっぱりそうですよねー……」
 
 
 
残念。
沢登先輩、もしかして卒業するまでこの格好なのかな……。
もし先輩が答辞とかになったら、来賓の人達はどういう顔をするんだろう。
……多分ないだろうけど。
 
 
 
沢登「何だね、そんなに残念なのかね?」
 
あかり「ま、まあ……」
 
沢登「ふむ。……あることにはあるのだよ」
 
あかり「え?! でもさっきないって……」
 
沢登「購入はしてないさ。でも、貰った制服はあるのだよ」
 
あかり「貰った?」
 
沢登「ああ、花邑に貰ったのさ。奴、引っ越しただろう? ……その餞別に貰ったのだ」
 
 
 
花邑先輩は、沢登先輩の大親友。
とっても優しくて、とっても穏やかで。
何故沢登先輩と友人なのか分からない人は沢山いるだろう。
 
 
 
沢登「……西くん、今、ものすごく失礼なことを考えなかったかい?」
 
あかり「いえいえ、気のせいですよ! でも、どうして花邑先輩が?」
 
沢登「先ほどの説明でピンと来ない君は流石だね。
 ……つまり、もう着る機会がないから僕にくれたんだろうよ」
 
 
 
そういった沢登先輩の表情は、誰が見ても分かる程に寂しげなものだった。
 
 
 
沢登「……でだ。まあ、せっかく貰ったし、僕も一度は袖を通したんだよ」
 
あかり「…………」
 
あかり「ええッ!?」
 
沢登「なんだね、その間は」
 
あかり「す、すみません。頭の処理が追いつかなくて……って違くて!
 どうしてそのまま学校に来てくれなかったんですか?」
 
沢登「いや、あまりにも似合うので、道行く人々が僕の美しさに当てられて卒倒するといけないと思ってね」
 
あかり「……はぁ、そうですか……」
 
 
 
多分、恥ずかしかったんだろうなぁとは思う。
だって、ずっとスカートで学校に来てたのに、急にズボンで来るなんて、ねぇ。
 
 
 
あかり「……でも、私にくらい見せてくれてもいいと思うんだけどな……」
 
沢登「ん? 何か言ったかい?」
 
あかり「な、何もいってませんよ? いやぁ〜、それにしても皺が直りませんねッ」
 
沢登「全く、僕のスカートにつくとは不届きものだね」
 
あかり「……別に、皺に意思はありませんからね? 沢登先輩が自ら生み出したんですからね?」
 
沢登「なんと」
 
あかり「なんと、じゃありませんよもう。今日、家に帰ったらアイロンでもかけてください」
 
沢登「…………」
 
あかり「……先輩?」
 
 
 
急に返事をしなくなった相手を見上げた。
そこには、悲しいとも寂しいともつかない表情をした沢登先輩が、私のことを見守っている。
 
どうしちゃったんだろう、沢登先輩。さっきまでは普通だったのに……。
 
 
 
沢登「西くん……」
 
あかり「は、はい?」
 
 
 
私の名前を呼ぶ。
しかし、その目は私を捉えておらず、私の手元と繋がったスカートをじっと見ていた。
 
 
 
沢登「…………」
 
 
 
かすかに指先が動いたかと思うと、そのままためらうように私の手を取る。
 
 
 
あかり「せん、ぱい……?」
 
沢登「……手で直すのはこれが限度のようだね」
 
あかり「えッ?」
 
沢登「スカートのことさ。……有難う、西くん」
 
 
 
そう洩らした沢登先輩の笑顔と声はとても儚げで、
綿毛が乗るほどの風でも飛ばされてしまいそうなほど弱々しかった。
 
 
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