※この小冊子にはBADENDの続きという特性上ネタバレが含まれています。試し読みの際はお気を付けください。




二ノ瀬サンプル

それは突然の終わりだった。親世代の家庭用ゲーム機はちょっとした振動で止まったりしてしまうのだが、本当にそんな感じで、普通に続いていくはずの世界が突然に停止した。
俺がずっと助けたいと思っていた少女が跡形もなく消滅したのだ。
死んだんじゃない。文字通り消滅だ。
不可解な出来事が多くてオカルト方面でも調べてみるとは言っていたが、本当にオカルト的現象が起こるなんて思ってもみなかった。
彼女の伯母の家はあった。彼女の実家もあった。だけどその先にいるはずの彼女とその兄だけがいないことになっている。
彼女の両親に名前を出すと、母親は泣き崩れ父親は怒り出した。
その両親曰く俺が口にした名前は死産だった双子につけるはずだったものなのだという。


間宮サンプル

彼女の訃報を聞いてから一週間が経った。だが、彼女の死を受け入れる事が出来ず俺は未だに返信の途絶えたメッセージアプリを開いては最後に送ったメッセージが既読になっていないか確認している。
俺がこうなったのには訳がある。死を受け入れられないのはショックからではない。彼女の姿を見ていないからだ。葬式には行ったし澪の両親やナツコさんとも話している。だが遺体の損傷が酷かった彼女は事前に火葬され、斎場では生前の、二年前の傷害事件が起こる前に撮られた明るい笑顔の写真しか見ていないのだ。
そんな状態でどうやったら死を現実と受け入れられる? 俺には無理だ。
その死因も滅茶苦茶だった。直接の原因は海に投げ込まれたことによる溺死だが、その頭部は凶器で殴られ損傷し、血の匂いに誘われた海洋生物によって体表の三分の二が食われていたという。
人形のように美しかった彼女の最後にしてはあんまりだし俺の人生経験ではとてもではないが彼女の姿を想像する事は出来ない。
だからいつまでたっても彼女がどこかへ消えてしまったような、頭に靄のかかったような状態から抜け出せないのだ。
彼女は海の向こうへと行ってしまった。そんな馬鹿な考えすら振り払う事が出来ないくらいに。


鳴海サンプル

世界とは何なのだろう。そんな事をもう何度も考えた。僕にとっての世界とは僕が産まれた瞬間から当たり前のように存在していて、それが普通で、異常なもの、あり得ないものは創作の世界でしか見たことが無かった。それなのにそのあり得ないものが目の前に広がっている。
まず、「世界」を自分の周りの環境と定義するならば、一番近い場所に在るはずの自宅と家族が消えてしまった。これは事故や災害ではなく文字通り本当に消えたのだ。家に行こうとしても道の途中で足が止まり進めなくなってしまう。家や両親の携帯に電話をかけようとしても番号が思い出せない。そいれどころか家族構成すら曖昧で、生命が誕生するには親が必要だから父と母は確実にいる、くらいの認識しか残っていないのだ。
普通に考えるのなら僕がおかしくなってしまったというのが一番自然だ。だけど、僕と同じ境遇の人が他にもいた。警察官の要さん、この街に住む二ノ瀬さん、別の街から南青瀬に来て家に帰れなくなった間宮さん、そして家だけは無事だった姉さんだ。この姉さんとは僕の本当の姉ではない。ただ、いつの間にか姉さんと呼んでいて本人も自分の名前が思い出せなかったのでそのまま姉さんと呼ばせてもらうようになった。


要サンプル

「要さん、まだ続けるんですか?」
違う。彼女はそんな事を言わない。
「無理ですよ。私はもう死んでしまったんです。誤魔化せない事は自分が一番よくわかってるんじゃないですか?」
これは彼女じゃない。ただの妄想だ。
「ストレス発散の妄想ごっこならお付き合いしますけど、それ以上は無理ですよ。いい年した大人が何をやってるんですか。ちゃんと現実を受け入れましょうよ」
駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。どうやっても彼女にならない。
「当然です。だって私は死――」
「うるさい! 君は死んでない! 二ノ瀬君だって死の気配が無くなったと言っていたじゃないか! 作戦は成功したんだ。ちゃんと君は生きている。こうやってちゃんと生きているんだ……っ!」