※この小冊子にはネタバレがありません。気楽にお楽しみください。
二ノ瀬隼人『特別な気持ちを君に』
2月14日。海外はともかく日本では好意を寄せている相手にチョコレートを贈る日として認識されているこの日に、俺は彼女からチョコを貰えなかった。
料理好きな彼女の事だからさぞかし凝ったものを貰えるだろうと楽しみにしていたのに、彼女が心を込めて作ったチョコレートケーキを受け取ったのは顔はおろか名前すら把握していなかった知らない男だ。
彼女と仲のいい女子いわく、ひとめぼれだったという。
確かに恋には2パターンある。親しくなっていく中で相手の人となりを知り好きになるパターンと、どうしてかわからないが気になってしまいそこから恋が始まるパターン。
彼女が後者になるなんて思ってもみなかった。
思慮深い彼女が外見や雰囲気に惹かれて告白するなんて信じられない。
だから俺は何も知らないふりをして告白したんだ。
間宮仁章『百万文字の証明終了』
「ごめんなさい。再会してからそんなに経ってないし、今は大切な友達って感覚しかないの……」
初詣に誘ったらOKをもらい浮かれていたその24時間後に、俺は天国から地獄に落ちた。
友達。それは恋愛に疎い俺でもわかるはっきりとした断り文句。恋愛感情を持っておらず、また持つ可能性も無いというわずか二文字のQ.E.D。
「……そうか」
「ほ、本当にごめんなさい! 間宮君のことが嫌いとかそういう理由じゃないの。でも今は友達以上には思えなくて……」
「謝らなくていい。初詣に誘った俺が勝手に浮かれて気を大きくしていただけなんだ。普段のお前を見ていたら困らせるだけとわかりそうなものなのにな……」
その言葉に彼女は気まずそうな顔をした。「しまった」というような、自分の行動を後悔とまではいかないが少し反省するような、そんな顔だ。
それを見た瞬間余計な事を言ってしまったと思った。恐らく彼女は相手に気を持たせる行為を控えようと考えただろう。折角交流が復活したというのに疎遠に逆戻りするかもしれない。
「お、俺は……」
慌てて口を開きリカバリーを試みる。だが気まずさを払しょくできる言葉は何も思い浮かばず、かえって重苦しい空気になってしまった。
初詣で賑わう神社の境内の片隅で、俺達だけがまるで通夜のように沈黙を続けている。
鳴海誠一『重さ』
3月13日。深夜。
自分よりも重いそれを引きずり、僕は彼女の中にあったであろうそれの大きさを考える。
こいつは彼女にとってどれくらいの存在だっただろう。
例えば、僕にとって一番大きく重い存在は姉だ。それは家族だからというのもあるが、空白が大きかったというのも理由の一つだ。
従姉だった姉が鳴海家の養子になり僕は『姉』という存在を拒絶した。従姉だった頃は大好きな友達だったはずの彼女を、関係が一つ変わっただけで無いものにしようとしてしまったのだ。
そこから和解し心から姉と慕えるようになるまでの空白が大きかったからこそ僕から姉への気持ちも大きく重いのだ。
だとすれば、彼女にとってのこれ――僕が今引きずっている男は、とても小さく軽いはずだ。
こいつは彼女と同じ学校の生徒ではあるがクラスが同じだったことはなく時折廊下ですれ違う程度の存在だった。会話もない。ただ、少しだけ目で追ってしまうだけの、小さな存在。
それなのにとても重い。とっとと捨ててしまいたいほど鬱陶しく、面倒で、重い。
要邦孝『ルール』
恋愛において運命の人なるものは存在するのか?
学生時代、自分の中でそんな問いを立てた事がある。ちなみに答えは否。昔は見合いや親が決めた相手と結婚していた訳だし、今だって恋する相手は身近な相手に限られている。ごくまれにアイドルや架空のキャラクターに本気で恋する人間もいるが少数派だ。
大抵の場合は自分の手の届くところにいる誰かを掴み、そしてものにする。
それを裏付けるように俺達は皆同じ相手に恋をした。正直自分でも驚いているのだが、近い所にいるからこそ相手を深く知る事が出来、その本質に惹かれるのだろう。
問題は人数が多すぎる事だ。最初からそれっぽかった隼人君や仁章君に加え、誠一君もこれだけ一緒に行動していればそうなるよなぁという予想は出来た。
だが、学校の人間は想定外だ。彼女は兄の傷害事件以降人と積極的に関わろうとしておらず友人と呼べる程親しい相手も中学時代の同級生だけだというのにどこに相手を知る機会があったというのだろう。
俺はすぐにそいつの事を調べてみた。その結果わかったのは、隣のクラスである事、帰る方向が同じ事、親がナツコさんと親しく彼女が寄宿して間もない頃に1度だけ相手の家で顔を合わせている事だった。
だが彼女はあの性格だ。ナツコさんから紹介されても馴染むことが出来ずすぐに疎遠になっている。それなのに男の方はナツコさんが言った「同じ学校だし良かったら仲良くしてあげてね」という言葉をずっと免罪符に、静かに過ごしたい彼女の気持ちを無視して付きまとっていたようだ。