第五回 : ひめひび1.5 (※第四話)
▼ 自分の気持ち 【 雅哉 】 「おい見ろよ恋! 本物の凱旋門だぜ! うお〜、想像してたよりずっとでけぇ!」 【 恋 】 「ふふっ、はしゃぎすぎだよ雅哉! でも、確かに大きいね……。それにカッコイイ!」 雅哉のことを注意しておきながら、あたしも自然とテンションがあがってしまう でも、それはしょうがないことだよね だって、ここはフランス! 花の都パリ!! 誰もが一度は来てみたいって思うような、観光の名所だし! 日本と同じ太陽に照らされてるはずなのに、なんだか街が輝いて見えるもの! 【 尚仁 】 「凱旋門って名前で有名だけど、 正式名称は『エトワール凱旋門』って言うんだ。 高さが約50メートルで、幅が45メートル。 それに奥行きが--------」 ガイドブックも見ないであたしたちに凱旋門を説明してくれる尚仁先輩 改めて博識なんだなって思う だけど、先輩の弟はそんなことに興味ないみたいで 【 雅哉 】 「兄貴、そんな豆知識はいらねーって! もっとワクワクするような情報はねぇのかよ?」 【 尚仁 】 「ワクワク情報? そうだなぁ…… お金を払うと上まで登ることができるとか?」 【 雅哉 】 「そうそう、そういうのだよ! 凱旋門って登ることができるなんてスッゲー!!」 先輩の話に子供のようにはしゃぐ雅哉 凱旋門に登ることが待ちきれないのか、入り口を確認して先に一人で歩き出す そんな楽しそうな様子にあたしも先輩も自然と笑みがこぼれくる 【 尚仁 】 「ふふっ。あの様子だと雅哉は登ることが確定みたいだけど、 相崎さんはどうする?」 【 恋 】 「もちろん登ります! せっかく3人で海外旅行に来たんですから、 記念にみんなで一緒に登りましょうよ!」 先輩の質問に笑顔で答えたあたしは雅哉に追いつこうと歩き出したんだけど 前を歩いてた雅哉が急に立ち止まってこっちを振り返る その顔は目を丸くして驚いてるみたいで…… 【 雅哉 】 「旅行って……お前、なに言ってるんだ?」 【 恋 】 「え? なにか間違ったこと言った?」 【 尚仁 】 「気づいてないの……? あ、もしかして相崎さんは『天然』ってヤツなのかな?」 【 恋 】 「…………それは違うと思うんですが」 ……尚仁先輩から『天然』って言われるなんて……そんな変なこと言ったかな? 自分の言ったことを考え直してみるが、思い当たることは全然ない そんなあたしの様子を察してくれたのか、雅哉と先輩は口をそろえて言ってくれた 【 雅哉 】 「『旅行』じゃなくて『留学』だろ?」 【 尚仁 】 「『旅行』じゃなくて『留学』でしょ」 【 恋 】 「あ、そっか! あたしたち留学でフランスに来てるんだったね! 30分も歩けばここまでにくることができるんだし、 旅行の記念だなんてあたしってば……」 【 恋 】 「………………」 【 恋 】 「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? いつの間に留学したのあたしっ!?!?」 その記憶が全くないあたしは、思わず悲鳴を上げながら意識が遠くなっていった 【 雅哉 】 「恋っ! 恋っ!!」 【 尚仁 】 「相崎さん! 相崎さんっ!!」 落ちてゆく意識の中、 雅哉と先輩があたしの名前を何度も呼んでくれる声だけが聞こえて…… それがだんだんはっきりと聞こえるようになっていく あれ? あたし今、気絶してる最中だと思ったけど……それって間違い? だったら二人を安心させる為にも目を開けないと…… …………………… ………… …… 【 雅哉 】 「恋!? 目を覚ましたのか恋!?」 やけに重たかったまぶたを何とか押し上げ、 最初に見えたのは心配そうな雅哉の顔 その目にはうっすらと涙も浮かんでるように見えたから、安心させようと口を開く 【 恋 】 「うん……もう平気だよ雅哉……」 【 雅哉 】 「そっか! それなら良かった!!」 雅哉がほっとした様子を見せてくれたので、あたしも心が落ち着いていく 【 ミー 】 「ミー」 【ニャー】 「ニャー」 ベッドに飛び乗ってあたしの顔を舐めてくれるミーとニャー 辺りを見回すと、朝起きるといつも見ている部屋の景色 そっか……。さっきまでフランスに行ってたのは夢を見てたんだ…… 【 尚仁 】 「目が覚めたみたいだね! 気分が悪かったりしない? もしくは、めまいがあるとかは?」 雅哉の後ろから顔を出した尚仁先輩 あたしの体調を気にしてくれてるので、平気だということを伝えた けど、そのときお腹が鳴ってしまって……あたしは顔を赤くする 【 雅哉 】 「ぷっ、腹が減ってるならホントに平気だよな……くくくっ……」 【 恋 】 「わ、笑わないでよ。恥ずかしいんだからさ……」 【 尚仁 】 「そうだよ雅哉。 相崎さんは僕たちと違って、お昼からなにも食べてないんだよ」 【 恋 】 「先輩たちとは違うって……すいません、今って何時ですか……?」 【 尚仁 】 「今はね……午前1時。日付が変わっちゃったね」 【 恋 】 「そ、そんな時間なんですか……? あの、光くんや先生たちは?」 【 雅哉 】 「光たちならとっくに部屋に帰ってるよ。 全員で看病してても恋に迷惑かかるって話になってな」 【 尚仁 】 「診断することの出来る柏木先生は、 相崎さんが目を覚ますまで残ってくれようとしたんだけど、 『あなたはダメです』って、月元さんが連れて行っちゃって」 【 恋 】 「…………それは何となくわかります」 【 恋 】 「それで……先輩と雅哉はずっとあたしの看病を?」 【 雅哉 】 「……まぁな。気絶したお前を放っておくなんて……心配で出来ねーし」 【 尚仁 】 「僕も雅哉と同じだよ。相崎さんが目を覚ますまでは……ってね」 恥ずかしいのかに顔を背ける雅哉と、微笑みかけてくれる尚仁先輩 ふふっ。行動だけ見れば二人って対照的 だけど、心の奥の優しいところはそっくりだよね…… 【 恋 】 「雅哉、尚仁先輩。 あたしが気絶してる間、看病してくれててありがとうございます」 【 恋 】 「あたしはもう平気だと思います。 もう夜も遅いですし、二人とも部屋に戻られた方が──」 【 雅哉 】 「部屋には戻る。 けど……その前にちょっとだけ話できるか?」 あたしの話を遮って口を開いた雅哉 照れていた様子から一変して、真剣な表情であたしのことを見つめてくる 【 尚仁 】 「無理になんて言わないし、できればでいいんだ。 少しだけ話をさせて欲しい」 尚仁先輩も雅哉と一緒で真剣な表情を浮かべていて…… 二人のその様子にあたしは息をのむ よほどの話じゃない限り、今の状況でそんなこと言い出す二人じゃない そのことからあたしの心に不安が広がっていく けど、二人が話したいって言うからには……聞かないわけにはいかない それを自分に言い聞かせて、一度だけ首を縦に振る 【 尚仁 】 「ありがとう……。話っていうのは、相崎さんの留学のことなんだ」 留学っていう言葉に胸が高鳴りだす ショックのせいか、気を失う直前の記憶がはっきりしてなかった…… けど、その言葉で今思い出した あたし、フランスに留学するのが決まったんだっけ…… だからさっき、あんな夢を見てたんだ 雅哉や先輩と離ればなれになることは寂しい…… 言葉では言い表せないほどの喪失感があると思う けど、それを解決する方法があたしも一緒に留学するだなんて…… 別の方法なんて考えたって出てくるとは思わない 二人が留学をやめてくれるか、あたしが一緒に行くかしかないのはわかってる だけど…… あたしの意思を確認して欲しかった…… せめて、考える時間が欲しかった………… でも……あたしは結局どうしたいんだろう……? 自分の中でも、はっきりとしたことがわからない…… 【 雅哉 】 「結論を先に言うけど、お前の留学の話…… なかったことにしてもらったから」 【 恋 】 「なかったことにって……えっ?」 予想外な雅哉の言葉にあたしは驚く 【 恋 】 「おじいちゃんからあたしの留学許可をもらえたって、 雅哉はすっごく喜んでたのに……?」 【 雅哉 】 「ああ。あのときはそれが最善だと思ってたからな」 【 雅哉 】 「けど、あのときの俺は自分の気持ちばっかりで…… お前の気持ちを完全に無視してた!」 【 雅哉 】 「お前が気を失った時になって、初めてそのことに気づいたんだ」 【 雅哉 】 「俺のしたことはただの独りよがりで……間違いだったんだってっ!」 そう叫んだ雅哉は唇を噛みしめる その拳は小さく揺れていて、あたしにも一目で後悔してるってわかった そんな雅哉の様子に、あたしの胸も痛む 雅哉にそんな顔、して欲しくないよ…… 【 恋 】 「ま、間違いだなんて雅哉……あたしは──」 あれ……あたしはなんでそう言おうとしてるの? あのときのあたしは、誰かに雅哉を止めて欲しかったのは事実だし 留学の許可が出たのも、気絶しちゃうぐらいショックだったことで…… あ、なんだ。そうだったんだ……。 あたしはただ、雅哉があたしの気持ちを聞かないまま、 一人で全部決めちゃうことがイヤだったんだ ちゃんと話をして二人でこれからを決めたかっただけで 別に留学することはそんなに怖くないんだ だって、あたしが世界で一番信頼してて愛してる雅哉が一緒にいてくれるんだから その気持ちを雅哉にもわかってもらうには…… あたしは体を起こして、雅哉のことを優しく抱きしめた 【 雅哉 】 「こ、恋っ!?」 【 恋 】 「雅哉の行動は間違ってなんかないよ……。 あたしは留学が決まって嬉しかったもの」 【 雅哉 】 「で、でも、お前は気を失って……」 【 恋 】 「あのときは、こうやって考える時間も気持ちの余裕もなかったからで」 【 恋 】 「今の雅哉の話を聞いて考えたら、嬉しかったんだってわかったの」 【 恋 】 「それに、雅哉が一緒に居てくれるんだから、なにも怖くはないって」 【 雅哉 】 「恋……俺と一緒にフランスに行ってくれるか?」 あたしの背中に手を回して抱きしめ返してくれて耳元でささやく 【 恋 】 「うんっ! 雅哉、この手を離さないでね」 【 雅哉 】 「当たり前だろ。なにがあってもお前を捕まえておくからな」 一度優しくその肩を離され、あたしたちは改めてお互いを見つめる形になる その雅哉の視線に、言葉はいらなかった ただ段々と近づいてくる雅哉の唇に、あたしはそっと目を閉じるだけ…… 【 尚仁 】 「あの〜二人とも。もしかして、僕が居ることを忘れてないかな……?」 【 恋 】 「えっ!? な、尚仁先輩!!」 【 雅哉 】 「い、居たのかよ兄貴!?」 【 尚仁 】 「はははは……雅哉と一緒に看病してたじゃないか。 お兄ちゃん、少し寂しいかも」 【 恋 】 「すみません! ごめんなさい尚仁先輩!! ちょ、ちょっと雅哉! 離れてよ!!」 【 雅哉 】 「離れろってなんでだよ!? 手を離すなじゃなかったのか!?」 【 恋 】 「そ、それはそうだけどさ! 人に見られるのは恥ずかしいよ!」 というか……あたしってばあんな恥ずかしい台詞を先輩が居る前で話してて…… 自分が言ったことを思い出して顔から火が噴きそうになる 【 尚仁 】 「あ、そうだ。 雅哉は早く理事長のところに行った方がいいんじゃない? 相崎さんが留学するって伝えないと、 取り返しがつかないかもしれないよ」 【 雅哉 】 「た、確かにな! サンキュー兄貴!! 頼りになるぜ!!」 【 尚仁 】 「そういってくれるのは嬉しいよ。だから、次からは忘れないで欲しいな」 【 雅哉 】 「わ、忘れねーよ! それじゃあちょっと行ってくる!!」 そう言い残して、雅哉は弾丸のように走って部屋を後にする 残されたあたしは先輩と二人きりで……気まずくてすごく恥ずかしい 【 尚仁 】 「相崎さん」 【 恋 】 「は、はい! なんでしょうか先輩!?」 【 尚仁 】 「雅哉は時々周りが見えなくなって暴走したりして、 危なっかしいところがあるんだ」 【 恋 】 「そ、そうですね……。今回のことでよくわかりました……」 【 尚仁 】 「だからこれからはさ、 相崎さんが雅哉のことをうまく導いてあげて欲しい」 【 尚仁 】 「君のことを雅哉に任せた僕の、最初で最後のお願いかな」 尚仁先輩のお願いに、あたしは体を震わせる 雅哉のことをとても大切に思う先輩の気持ちが あたしの心にも流れ込んでくるよ…… 雅哉はとても、幸せ者だね…… 【 恋 】 「尚仁先輩……! わかりました、雅哉のことは任せて下さい! 先輩の期待を裏切らないように頑張ります!」 【 尚仁 】 「ふふっ。頼んだからね」 【 恋 】 「あはははっ」 顔を見合って笑いあうあたしたち さっきまでの気まずい空気なんてなくなっていた それから何分も経たないうちに、ドアが勢いよく開かれて雅哉が帰って来た 【 雅哉 】 「やったぜ恋! じじいのヤツこうなること見越しててキャンセルしてねーってさ!」 【 恋 】 「ホントに!? さすがおじいちゃん!」 【 尚仁 】 「これで問題はなにもなくなったみたいだね。 それじゃあ、今夜はもう遅いし部屋に帰るとしようか」 【 雅哉 】 「そうだな。恋、出発は二日後だからな。準備を怠るなよ!」 【 恋 】 「ちゃんと明日から支度するから、雅哉こそしっかりね! それじゃあ、おやすみなさい!」 【 雅哉 】 「おやすみ恋!」 【 尚仁 】 「おやすみなさい相崎さん」 …………………… ………… …… ドタバタの昨日から一日経って、留学の準備を始めることにしたあたし あさってには出発なので、テキパキと準備を進めないと絶対に終わらせられない ……下着とかもあるから誰かに手伝ってもらうわけにもいかないし…… ここは一人で頑張らないと 【 恋 】 「よしっ! 張り切っていこう!」 気合いを入れて作業に取りかかろうとしたそのとき 【 ミー 】 「ミー」 ミーが足へとすり寄ってくる 【 恋 】 「あ、そういえば今日のご飯がまだだったね。今から缶詰を--------」 あれ? ……もしかしてあたし、今までものすごく重要なことを忘れてた……? 【ニャー】 「ニャー」 ご飯を催促ニャーの鳴き声に、とりあえず缶詰を開けて、えさ箱へと入れてあげる カプカプカプと美味しそうにご飯を食べるミーとニャー その一生懸命な様子がとっても愛らしくて頭をなでる 気持ちいいのか二匹は喉を鳴らす あたしに答えてくれて、ますます愛らしい 【 恋 】 「この子たちを連れて行くことは……できないよね……」 あたしはミーとニャーのことをすっかり忘れていた この子たちはあたしの大切な家族なのに……なんで気づかなかったんだろう…… 気づかなかったことに自己嫌悪してしまう 【 ミー 】 「ミー?」 落ち込んでることを感じてくれたのか、すり寄ってきて手を舐めてくれるミー そんな優しい行動が、今のあたしには逆につらくて…… 気持ちがどんどんと沈んでいく中…… それを救ってくれる人が部屋のドアを叩いてくれた |