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辻宮兼我、18歳。
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神父見習いの仲間内で密かに付けられたあだ名は……聞き咎められたら怖いので、容易に口には出せない。
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とにかく恐ろしく、敵意を向ける人間には容赦しない。そうでなくても、興味本位で近付くと精神的に痛い目に遭うのだ。
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けれど、ある一定の距離まで近付くと……?
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久遠 「ちょっと兼我! 次の見習い長選挙、まだ立候補してないって本当!?」
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兼我 「え? いや、何か誤解してね? 俺、いつも立候補してねーぞ。勝手に推薦されてるだけで……」
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征都 「……でも、兼我の名前しか書けない」
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兼我 「おいおい、何だその嘘は」
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久遠 「オレも書けない! ってことで、いつものようにオレが推薦しておくね〜」
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兼我 「って、犯人はお前か!」
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久遠 「えへへ。だって長を任せられるのは兼我しかいないじゃん?」
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見習いA 「いやあ、さすが辻宮くん。仲間からの信頼が厚いね」
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征都 「む……」
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見習いB 「見習い長選挙、いつも圧勝ですもんね」
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見習いC 「だったら最初から立候補してくれれば良いのに。毎回推薦だから面倒な投票しなきゃいけないんだよなー。ま、俺は入れないけど」
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久遠 「……だから何? 文句があるなら、直接言いなよ。オレが相手になるから」
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兼我 「ありがとな、久遠。でも、お前が怒ることはねーよ。気にすんな」
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見習いB 「わー、お優しいですね。……でも、それって二人にだけですよね」
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見習いC 「そうそう! 俺、この前ちょー怒られた。その点、お前はみんなに優しいもんな」
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見習いA 「はは、ありがとう。でも、神父さまもその辺のことを分かって欲しいな」
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久遠 「何だよ、いっつも兼我の手柄横取りしてるだけじゃん! 神父さまに報告するだけの役割のくせに!!」
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兼我 「良いから、久遠。もう行こうぜ」
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征都 「………………いやだ」
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兼我 「え、征都……?」
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征都 「おい、訂正しろ」
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見習いB 「へ? き、如月……くん?」
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征都 「兼我が優しいのは、俺達相手だけじゃない。今すぐ訂正しろ」
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見習いB 「…………」
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見習いC 「す、する必要ねーよ! だって、俺には優しくなかったぜ!」
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征都 「あれは、お前がサボったからだ」
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見習いC 「う……」
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見習いA 「……サボったっていうなら、高梨くんもだよね? 猫と一緒にいるのを見たよ」
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久遠 「! それは……」
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見習いA 「同じサボりだって、彼には怒って高梨くんには怒らないなんておかしいんじゃないかい?」
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久遠 「……ごめん。オレの所為で……」
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兼我 「久遠、お前は悪くねーよ。俺が知ってる」
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久遠 「え……」
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見習いA 「悪くないだって? 悪戯好きで、集団の輪を乱す問題児じゃないか」
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見習いC 「そうだそうだ!」
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見習いB 「…………」
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兼我 「……いい加減にしろ」
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見習いA 「え……」
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兼我 「俺のことは良い。でも、こいつを悪く言うなら黙ってられねーな……その喧嘩、買ってやる」
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見習いA 「だ、だって本当のことじゃないか! 彼は猫と遊んでたんだよ? それに、いつも何かと問題を起こして……」
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兼我 「お前の目は節穴か? こいつは怪我をした猫の世話をしてただけだ」
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見習いA 「え……」
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久遠 「兼我……知って……」
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見習いA 「ま、待ってくれよ。そんなのどこに証拠があるって言うのさ」
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兼我 「ふざけんなよ、お前。仲間のことが信じられねーのか?」
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見習いA 「そ、それは高梨くんだって神父見習い仲間さ。でも、いつもの彼らしくないじゃないか。……きっと、でまかせを」
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兼我 「この……!」
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見習いB 「俺、見たよ!!」
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見習いC 「え……」
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兼我 「……あ?」
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見習いB 「俺……怪我してる猫、見ました。それを世話してる彼も……お前が、その猫を汚いって蔑んでるのも」
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見習いC 「お、お前……」
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見習いB 「兼我さんは……それを知ってた。だからお前を怒ったんだ」
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兼我 「…………」
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見習いC 「な、何だよ。お前、どっちの味方なんだよ!」
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見習いB 「た、確かに兼我さんは怖い人だと思ってたけど……でも、ちゃんと仲間のことを見て、信じてる」
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見習いB 「人の悪口だけを言ってるお前達とは大違いだ!!」
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見習いA&C 「「…………」」
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見習いB 「兼我さん、すみませんでした。……如月くん、さっきの言葉は訂正するよ」
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征都 「……そうか」
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見習いB 「俺、間違ってました。同じように兼我さんを誤解してる奴のこと、説得して来ます!」
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兼我 「え? いや、別にいらねーよ?」
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見習いB 「これからも兼我さんの見習い長、期待してます! では、失礼しますっ!!」
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兼我 「お、おい! 勝手に決めんなってば!!」
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征都 「…………で、まだ何か用か?」
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見習いC 「う……そ、それじゃあ、俺もこれで……!」
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見習いA 「あ! ま、待ちたまえ! 僕を置いて行くな!!」
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征都 「…………よし」
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兼我 「よしじゃねーよ。何か誤解されたし……俺は、マジで見習い長になりたいなんて思ってねーよ」
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兼我 「もし選ばれたら全力でやるけど、やりたい奴が他にいるなら別に……」
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征都 「俺は、兼我になって欲しい」
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久遠 「そうだよ! それにオレの票は1人で100票くらいの価値があるからね! もう決まりっしょ!!」
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兼我 「わ、訳分かんねーよ。何だそれ」
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征都 「久遠が100票なら、俺は1人で1000票の価値」
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久遠 「じゃ、10000票」
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征都 「100000票」
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久遠 「1000000票!」
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征都 「10000000票……!」
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兼我 「ば、馬鹿! お前ら頭良いんだから、醜い争いは止めなさい!!」
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辻宮兼我、18歳。
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神父見習いの仲間内で密かに付けられたあだ名は……「アニ兼ママ」。
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これは、慕う相手によって彼は「兄貴」であり、「お母さん」でもあるというもの。
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本人にバレたらとんでもないことになるのは明白だが……今のところ、誰も被害には遭っていない。
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さて、そんな彼だが、1人のシスター見習いの少女と出逢うことによってある変化が訪れることになる。
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彼に芽生えたものは、「兄」のように妹を可愛がる愛情ではなく、「母」のように子供に注ぐ愛情でもなかった。
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しかし、初めての感情に彼は戸惑う。
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果たして彼は気付くことが出来るのか。
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それが、たった1人の「男」の心であることに――。
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