水晶のひみつ こんにちは。ぼく、キツネです。 キツネって何? って思う人もいるかもしれないけど、ぼくもよく分かっていないんだ。 ただ、みんながキツネって呼んでるから、ぼくもそうなんだと思ってるけど。 まあ、何にせよ、ぼくがぼくであることには変わらないよね! ぼくの自慢は、このふさふさのしっぽ! 薄い焦げ茶色で尾先だけが白いのが特徴。 よく舐めて手入れしてるから、いつもふさふさでふわふわでぴかぴかなんだよ! そんなぼくだけど、今何をしてるかって? それはねー……気になる、気になる? あのね、ぼくは今、探検してるんだ! えっへん! まあ、探検っていってもぼくが住んでる洞窟をなんだけどね。 でも、ただの洞窟だとあなどるなかれ! ぼくが住んでる洞窟は、辺り一面がきらきらっとした紫色の水晶に囲まれてるんだ。 すっごく大きかったり、すっごく小さかったり、いろんな大きさの水晶があって綺麗なんだよ! でもって、洞窟は最初の入り口は広いんだけど、奥に行けば行くに連れて、段々と道が入り組んでいったり、狭くなったりして、ここにずっと住んでいるぼくだけど、広すぎて未だにどこに何があるか把握出来ていないんだ。 だから今回、ぼくが行ったことのないところに行ってみようって思ったんだよね。 よーし! 頑張るぞー!! おー!! てこてこと洞窟の中を歩く。 こういう探検って、走っちゃ駄目なんだよね。 歩いて、周りを見渡しながら、どこか見落としがないかよーく注意しなくちゃ。 もしも、ぼくが見てなかったせいで、新しい発見が出来なかったら嫌だもんね。 だって、そうじゃなきゃ冒険の意味がないもん。 てこてこ……てこてこ…… ううー……しばらく歩いてみたけど、さっきからほとんど景色が変わらない。 相変わらず、綺麗な水晶がそこにあるだけ。 つまんないなー。 ぼくは、もっとすごいものが見てみたいのに! そんなことを思ってたら、奥の方でちかちかと光ってるのが見えた。 何か発見! ぼくは、そこに向かって、一目散に走った。 途中、その場所にたどり着くまで、何度か転びそうになった。 だって、この水晶の洞窟って、つるつるしてて、すっごく滑りやすいんだもん。 いつもは、それでも転びそうになることなんてないんだけど、この時ばかりは、ぼくも焦ってたからね。 こういうの何ていうんだっけ? 『キツネも洞窟で滑る』? うーん。何か違う気がするけど、まいっか。 そして、目的の場所に到着! ……と思ってたんだけど、そのちかちか光ってる場所って、すっごく狭い岩と岩の隙間から見えてたんだよね。 頭は入れたから、何とか体をよじって中に入ったけど。 でも、そのおかげで自慢のしっぽも岩にこすれてしまった。あーあ。 ようやく、最後のしっぽまで通り抜けると、その先にあるものにぼくは驚いた。 天井の隙間から、お日様の光が差し込んで、それはキラキラと輝いていた。 うわー、すごーい!! そこにあったのは、大きな大きな水晶だった。 どれくらい大きいのかっていうと、今まで見てきた水晶を何十個積み上げても足りないくらい。 きっと、ぼくを百匹分大きくしても、まだ足りないんじゃないかな。 ぼくは、しばらく放心状態。 ただ、ぼーっと大きな水晶を見上げる。 はっ! 今は探検中なんだった!! この水晶のことも調べなきゃ!! よーっし……と、ぼくは勇気を振り絞って、だっと大きな水晶の前に近づいた。 おそるおそる目を開けた先、そこには、たくさんのぼくと同じキツネが現れた。 うわー、うわー、こんなに仲間がたくさん! ぼくが走り出すと、そのたくさんのキツネも一緒に走り出した。 うわ、すっごい! 何だか、すごく楽しくて、その場でくるくると回り出すと、みんなも一緒に回り出す。 わーい! みんな、ぼくと一緒だー!! しばらくしたら、回り疲れてぼくはその場にぺたんって座った。 みんなも同じようにぺたんって座る。 そうかそうかー、みんなも疲れたんだね。 お疲れ様を言おうとして、一番近くにいたキツネに前足をぺふっとのせる。 …………あれ? あれれ?? 思わず、その触り心地にもう一度ぺふっと前足をのせた。 でも、最初の感じと全く変わる気配はなくて、ぼくは何度もぺふぺふぺふっと前足をのせた。 ぼくの前にいるキツネは、ぼくが前足を乗せると、同じようにぼくに向かってぺふっと前足をのせる。 目の前のキツネとぼくの前足は、お互いに触れあっている。 だけど、その感じはぼくと同じキツネのものじゃなくて、もっと固くて冷たい何かだった。 なんで、なんで!!? お互い必死になって、ぺふぺふとたたき合っているうちに、なぜか悲しくなってきゅーっと泣き出してしまった。 ぼくの声が、洞窟に響き渡る。 「……やーっと、見つけた」 そう聞こえた瞬間、ひょいっと誰かにお腹を抱きかかえられた。 な、なに!? なに!? 驚いて見上げると、そこにはぼくの知ってる顔があった。 この人はー……えっと、えっと……最近ここによく来る人だ!! あれ? でも何でここにいるんだろう? ここは、さっきぼくが見つけたばっかりの場所なのに。 ぼくがじーっと見ていると、最近ここによく来る人は「早く帰るぞ」ってぼくを持ったまま歩き出した。 ちょっと待ってよ! ぼくは、まだみんなとここにいたいよ!! 前足と後ろ足両方をばたばたさせる。 「うおっ、いてえ!!」 へへん、どーっだ。 ぼくは、手の間からすり抜けると、ばっとみんなの下へ走り出した。 だけど、ぼくはすぐに走るのを止めた。 水晶の奥、そこにはさっきと同じ、たくさんのキツネがいた。 キツネ達は、ぽつんとその場に立っていた。 その後ろから最近よくここに来る人が走ってくるのが見えた。 それは、どこにいるキツネも一緒。 どのキツネも、すぐ後ろには同じ姿をした人が見えた。 ぼくは後ろを振り向く。 そうしたら、やっぱり同じ姿の人がいた。 「まーったく、あんま手間かけさせんな」 そういって、ぼくをまたひょいっと持ち上げる。 水晶の方を見ると、やっぱり同じようにキツネたちも持ち上げられている。 じっと見るキツネ、全てと目が合った気がした。 「キツネさん!!」 ぼくが連れてこられた場所、そこにはウミちゃんがいた。 あ、ウミちゃんっていうのは、ぼくの大好きな女の子なんだ。 ぼくや他の動物さん達にご飯をくれたり、一緒に遊んでくれたりするんだよ!! とっても優しい女の子なんだけど、何でかぼくたち以外の人間はちょっと苦手みたい。 ぼくを抱えた手が緩んで、ぼくはその場に飛び降りてウミちゃんに駆け寄った。 ウミちゃん、ウミちゃん聞いて!! ぼく、すっごいこと見つけたんだよ!! 「よ、よかったぁ…………」 ぼくが駆け寄ると、ウミちゃんは、ぼくをぎゅっと抱きしめる。 ぼくの頭に冷たい水が当たって、見上げるとウミちゃんが目一杯涙を浮かべてた。 あれれ?? 何でウミちゃんが泣いてるの?? 「ホンマに、心配したんやからね……」 ちょっと苦しいけど、でもウミちゃんが泣いてるんだ! これくらいガマンガマン!! だから、ウミちゃん泣かないで。ぼくがウミちゃんを守るナイトになるから。 ぼくがぎゅっと抱きしめられていると、すっと影が落ちた。 「お兄ちゃん…………」 そうだ、そうだ。ウミちゃんの言葉にようやく思い出した。 確か、『お兄ちゃんさん』って名前だったっけ。 お兄ちゃんさんは、ウミちゃんがぼく達にするみたいに、ウミちゃんの頭をなでた。 ウミちゃんの体がびくっと震える。 だけど、いつもみたいに逃げるんじゃなくって、その場で黙ってじっとしていた。 見上げると、俯いていたウミちゃんと目があった。 あれれ? ウミちゃん、お顔真っ赤っかだよ? ウミちゃんは、ぼくをぎゅっと抱きしめて顔をうずめた。 ぼく、知ってる。 頭なでられるのって、すっごく気持ちいいんだよね。 だから、ウミちゃんはお顔が真っ赤っかなのかな? ウミちゃんは、お兄ちゃんさんに頭をなでられてる間、ずっとぼくを抱きしめてた。 帰り際、お兄ちゃんさんはウミちゃんの腕の中にいる、ぼくをなでた。 ウミちゃんがぼくをなでた時とは違う感触。 なんだか、少し堅い感じ。 でも、すっごく暖かくて気持ちいい。 ウミちゃんも、やっぱり気持ちよかったんだよね! 「じゃあな」 そういって、お兄ちゃんさんは洞窟の入り口まで歩き出す。 お兄ちゃんさんの背中がどんどんと小さくなっていく。 「あ、あの…………っ!!」 ウミちゃんは、お兄ちゃんさんのところにてててっと駆け寄る。 どうしたのかな? お兄ちゃんさんのすぐそばまで行くと、ウミちゃんは、お兄ちゃんさんの袖口を掴んだ。 「あの…………あ、あんな……?」 ウミちゃんが、お兄ちゃんさんを見上げる。 「…………っ」 だけど、すぐにまた俯いた。 あれ、まだお顔が真っ赤だよ? 「キツネさん、見つけてくれてありがと……」 すっごく小さな声。 お兄ちゃんさんにも聞こえたかな? って思ったけど、心配なかったみたい。 「どういたしまして」 そういって、またウミちゃんの頭をなでたからね! うつむいたウミちゃんのお顔は赤いまんまだったけど、でも嬉しそうだった。 お兄ちゃんさんがいなくなった後も、ぼくとウミちゃんはその場所を動かなかった。 どうしたの? ひとりぼっちが寂しいの? 大丈夫だよ! お兄ちゃんさんがいなくても、ぼくがここにいるから! ぼくがウミちゃんを慰めていると、ウミちゃんはぼくを見てにっこりと笑った。 「キツネさん、もう勝手にどこかに行ったらあかんよ?」 そっか! ウミちゃんはお兄ちゃんさんがいなくて寂しいんじゃなくて、ぼくがいなかったから寂しかったんだね! へへへ……やっぱり、お兄ちゃんさんよりもぼくが一番大事なんだよね。わーい。 ウミちゃんの腕の中にいるぼくは、目の前にある水晶を見た。 すると、水晶の中には、さっきのぼくが見たように、キツネとそしてもう一人のウミちゃんの姿があった。 あれ? なんで水晶の中にキツネとウミちゃんがいるの? 水晶の中のウミちゃんと目があった。 ウミちゃんは、にこって笑う。 ぼくも負けずに、にこって笑う。 そしたら、やっぱり水晶の中のキツネも笑った。 えへへ……なんだか照れるなぁ。 「? どうしたん? キツネさん」 ウミちゃんが、ぼくに声をかける。 「この水晶が、どうかしたん?」 ウミちゃん、ウミちゃん。 あのね、目の前にウミちゃんにそっくりな子がいるよ! 「あ……もしかして、この水晶に映った姿を自分の仲間やと思っとるんかな」 「あんな、これはキツネさんの仲間やなくて、キツネさん自身なんよ?」 違うよ! これは、ぼくじゃないよ!! ぼくは、ここにいるもん!! ぼくはウミちゃんに抗議する。 だって、そうじゃなきゃ絶対おかしいもん。 ぼくはここにいるから、水晶の中のキツネはぼくじゃない。 ぼくがぼくなら、ここにいるキツネもキツネなんだよ!! 「ああ……ごめんな。お腹、減っとったんやね?」 ウミちゃんは、ぼくの抗議はぼくがお腹を空かしているんだと勘違いしてる。 そうじゃないよ! ぼくは…………!! ぐぅ。 あ、でもやっぱりお腹が空いてるみたい。 そういえば、何も食べてなかったかも……えへへ。 「じゃあ、そろそろ戻ろうか」 そういってウミちゃんは歩き出す。 だけど、すぐにぴたっと止まって、後ろを振り返った。 洞窟の入り口、さっきお兄ちゃんさんが帰った方をじっと見ている。 どうしたのかな? 「…………」 「あ、ごめんな……。すぐ用意してあげるからね」 また歩き出す。 ぼくは、水晶の中にいるキツネとウミちゃんに向かって、ばいばいと言った。 水晶の中のキツネとウミちゃんもばいばいと言った気がした。 ばいばい、また今度一緒に遊ぼうね! END
「水晶のひみつ」 小説執筆:藤元 // 挿絵:倉持 諭
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