第二回 : ひめひび1.5 (※第一話)
▼シーン0 : エピローグ……そして、プロローグへ……
7月21日……天城寺学園の終業式……
共学反対派の罠にかかったあたしを雅哉が助けてくれた。
友達と思っていた人の裏切りに、泣きじゃくるあたしの肩をそっと抱いて……
雅哉はあたしのことを『好きだ』って言ってくれた。
『許嫁』っていう関係をずっと否定してきたあたしたち
だけど、その日以来……『許嫁』を否定することはやめた
▼シーン1 : あの日から1週間……
照りつける太陽からの日差し
部屋の中にいても聞こえてくるセミの声……
外の気温は連日30度を超えていて……あたしの街へと出かける気力をそいでいく……
【 雅哉 】 「お前……。そんなこと言ってたら、どこにも出かけられねえだろうが」
【 恋 】 「そうなんだけどさ……やっぱり、街まで2時間は遠いよ……。おまけに、寮から校門まで歩いて1時間ぐらいかかるし」
【 雅哉 】 「お前が歩くの遅いんだろ。俺なら30分もかからねえぞ」
【 恋 】 「それは雅哉が特殊すぎなの! 『歩くの速い!』って、いつも言ってるじゃない!」
【 雅哉 】 「昔のこと持ち出すなよ。今の俺は、お前の歩く速さに合わせてるだろ?」
【 雅哉 】 「お前の隣は俺だけの場所だ。少しでも側にいて、一緒の時間を過ごしたいからな」
思いもよらない雅哉からの言葉に、あたしは顔が熱くなる……。
雅哉のまっすぐな気持ちに……あたしも自分の気持ちを口にする。
【 恋 】 「雅哉……私もだよ。雅哉の側で一緒にいたい」
【 雅哉 】 「そっか……。俺たち考えてることは一緒だな」
【 恋 】 「うん」
【 雅哉 】 「………………」
【 恋 】 「………………」
お互いに、言ったことが照れくさくて口をつぐんでしまう。
今日は8月22日。
あたしと雅哉が、初めてデートをした日からちょうど1週間がたった。
初めてのデートはお互いに緊張してたみたいで……
雅哉もあたしもいろいろと失敗しちゃった。
それでもあたしは楽しかったから良かったんだけど、雅哉の方は……
【 雅哉 】 『あんなんじゃダメだ! 今度は失敗なんてしねぇからな!』
なんて張り切っちゃって、今はあたしの部屋で2回目の相談をしてる。
……雅哉と知り合って約2ヶ月か……。
街で最悪の出会いをしたその日に、実はいとこで許嫁だってことを知った。
あの時のことを思い出すと……今の関係が信じられないよね……
【 恋 】 「ふふっ」
【 雅哉 】 「ん? なに笑ってるんだ?」
【 恋 】 「なんでもないよ」
『今が、とっても幸せ』……なんて、恥ずかしくて言えるわけないもんね。
【 雅哉 】 「変なヤツだな……。ま、今に始まったことじゃねーけど」
…………前言撤回しようかな。
コンコン
【 恋 】 「えっ? 誰か来た?」
【 雅哉 】 「ちっ。いったい誰だよ。こんな時に……」
【 恋 】 「そう不機嫌にならないの。はーい、今出まーす」
不機嫌な雅哉を部屋に残して、あたしは玄関へと向かう。
そして、ドアを開けた前に立っていたのは---------------------------------
▼シーン2 : またしても、突然の告白
【 恋 】 「えっ!? りゅ、留学ですか……!?」
【 尚仁 】 「うん。夏休みが終わるのと同時に、フランスの音大へ行くことにしたんだ」
【 恋 】 「ふ、フランス……ですか……。遠い……ですね……」
【 尚仁 】 「そんなことないよ。飛行機で12時間ぐらいだから……半日で到着出来るよ」
笑顔でそう話す尚仁先輩。
でも……飛行機で半日っていう時点で、ものすごく遠くて……。
今みたいに、簡単に会うことなんてとても出来ない……。
【 雅哉 】 「留学なんて……ずいぶんと急な話だな兄貴……」
先輩が部屋に来てから、ずっと黙ってた雅哉が口を開く。
その口調から、明らかに不機嫌な様子がうかがえて……少し怖い。
【 尚仁 】 「急な話……か。うん、普通そう思うよね」
【 尚仁 】 「けどね雅哉、実はそうでもないんだよ」
【 尚仁 】 「留学の話自体はね、僕がこの学園に来る前から何度ももらってたものなんだ」
【 雅哉 】 「なっ!? そんな話、全然聞いたことねえぞ!」
【 尚仁 】 「そうだろうね。このことを知ってるのは、僕と理事長だけだし」
【 雅哉 】 「なんだそれ! 俺はのけものかよ!!」
【 尚仁 】 「ううん。もちろん雅哉に話そうとしたこともあったよ。大切な……たった一人の弟なんだから」
【 尚仁 】 「けど、あのころのお前は、僕の話を聞く気なんてなかっただろう?」
【 雅哉 】 「そ、それは……!」
【 尚仁 】 「正直に……答えて欲しい」
【 雅哉 】 「…………あぁ。当時の俺だったら、兄貴の話なんて聞く気なかったと思う」
先輩から顔を背けた雅哉は、はき出すようにつぶやいた。
弟からの告白を聞いて、悲しそうな、つらそうな顔をする先輩……。
二人のそんな様子に、あたしは胸を締め付けられる……。
【 尚仁 】 「そうだよね……。だから僕は、今まで留学の話を断り続けてたんだ」
【 尚仁 】 「そんな状態のままで雅哉と別れたら……今度こそ、顔を合わせることも出来なくなると思ってね」
【 雅哉 】 「………………」
【 尚仁 】 「だけどさ、今は相崎さんのおかげで、僕たちは仲直り出来た」
【 尚仁 】 「こうやって普通に話すことも出来るし、僕のことを『兄貴』って呼んでくれる」
【 尚仁 】 「だから、ここで雅哉の側を離れることになっても……『もう会えない』なんて、心配はないでしょ?」
そう言った先輩の顔には、いつもの微笑みはなくて……どことなく不安そうに見えた。
雅哉は雅哉で……ぶすっとした顔をして、先輩の方を見ることなく黙ってる。
あたしも最初は黙って二人の様子を見ていたけど……
いつまでたっても口を開こうとしない雅哉につい……
【 恋 】 「…………雅哉。先輩、あんたの返事を待ってるよ」
【 雅哉 】 「………………」
【 恋 】 「黙ってたらダメだよ。どんな答えでも自分の考えを先輩に伝えてあげないと」
なんて、余計な口を出してしまう。
いつもなら、『うるせぇ!』と怒鳴る雅哉なはずなのに
【 雅哉 】 「…………少し……黙っててくれ」
力なく……静かにつぶやくだけだった。
こんな時、高城くんだったらもっと雅哉にいろいろ言うんだろうけど……。
今のあたしには、かける言葉は見つからなかった。
雅哉が先輩と再会してから……1年と少し。
二人が仲直りしてからは、まだ1ヶ月ぐらいしか経ってない……。
10年間も離れている間に出来てしまった二人の溝。
それを、これから埋めていこうというタイミングでの先輩の留学……
雅哉も……尚仁先輩になんて答えればいいのか、迷っているんだと思う……。
だからあたしも……そこから先は口をつぐむことにした。
どれくらいの時間が経ったのかはわからない……。
沈黙が支配する部屋の中で最初に口を開いたのは----------------
【 尚仁 】 「ごめん二人とも……。急に変な話をしに来ちゃって」
尚仁先輩だった。
【 尚仁 】 「僕が勝手に都合良く考えすぎてたよね。雅哉の気持ちも確認しないで。はははは……」
【 恋 】 「尚仁先輩……」
【 尚仁 】 「留学の話はもう引き受けちゃったからね……行くしかないんだ」
【 尚仁 】 「本当にごめん雅哉。結局最後まで、お前の兄として未熟だったよ……」
【 雅哉 】 「………………」
【 尚仁 】 「相崎さん。雅哉のことを支えてあげてくれるかな」
【 尚仁 】 「君が側にいてくれれば、僕は安心してフランスへ行けるから」
【 恋 】 「尚仁先輩……はい。任せて下さい」
【 尚仁 】 「ありがとう……。本当にありがとう相崎さん……」
【 尚仁 】 「それじゃあ僕は部屋に帰るね。このことを、他の人にも話さないといけないから」
【 尚仁 】 「それじゃあ……またね」
そう言い残して、先輩が部屋から出て行こうとしたその時---------------
【 雅哉 】 「…………待てよ」
雅哉がやっと口を開いた。
【 尚仁 】 「雅哉……? 今、なにか言った?」
【 雅哉 】 「あぁ……『待て』って言った。俺はまだ……兄貴になんも話してねえからな」
【 雅哉 】 「準備がいろいろ忙しいかもしれねえが……少し時間をくれ」
【 尚仁 】 「……うん、全然かまわないよ。お前が話してくれるなら、僕は何時間でも待つから」
【 雅哉 】 「そんなにはかかんねえよ。そんなだと恋にも迷惑だろ?」
【 尚仁 】 「あぁ……そう言えばそうだね。ごめんね相崎さん。さっきから居座っちゃって」
【 恋 】 「い、いえ! あたしは全然かまわないです!」
【 恋 】 「むしろ、先輩と雅哉の話なのに、あたしがこの場にいていいのかなって……思っちゃうぐらいで……」
【 尚仁 】 「もちろんだよ。むしろ、相崎さんがいなかったら雅哉とちゃんと話すことなんて-------」
【 恋 】 「そんな、今の先輩たちなら平気ですよ!あたしがいるから、雅哉が素直になれないんじゃないかなって……」
【 尚仁 】 「そんなことはないよ。君がいるからこそ雅哉の天の邪鬼が-------」
【 雅哉 】 「おいっ、話がそれてるだろ!! 今は俺が話をする時だろうが!!!」
【 尚仁 】 「あぁっ! そうだね雅哉。つい相崎さんと話し込んじゃって……」
【 恋 】 「ごめんね雅哉……」
【 雅哉 】 「ったく。そういうボケたところがお前ららしいけどよ」
【 雅哉 】 「恋の方は俺が側にいるからいいけど、兄貴は留学にするんだろ?」
【 雅哉 】 「もう少ししっかりしてくれねえと……俺の方が心配する」
【 尚仁 】 「雅哉……」
【 雅哉 】 「留学……頑張れよな」
【 雅哉 】 「俺の所為でやめてたピアノ……向こうで取り戻してこいよ」
【 雅哉 】 「俺はここで……兄貴が帰ってくるの待ってるからよ」
決して先輩の顔を見ない雅哉。照れくさいのか、顔は真っ赤になってる。
だけど、話した言葉はしっかりとしてて……気持ちがこもってるのがわかる。
尚仁先輩を心から許して、留学を頑張って欲しいという気持ちが-------。
【 尚仁 】 「……うん。ありがとう雅哉……」
雅哉の言葉に、お礼を言う先輩の顔はすこし涙ぐんで見えた。
そんな二人を見て、あたしも思わず涙がこぼれる。
雅哉と尚仁先輩……二人が本当に仲直りすることが出来たから。
▼シーン3 : ケンカするほど仲がいい……?
【 光 】 「尚仁様が留学されるなんて……寂しくなってしまいますね……」
【 恋 】 「うん、本当にね……」
【 光 】 「はい……」
【 尚仁 】 「二人ともそう暗くならないで。だから決めたんでしょう?」
【 光 】 「? 決めたって、なにを決めたんですか?」
【 恋 】 「明日はみんなで遊びに行って、楽しい思い出をめいっぱい作ろう!! ってね」
【 光 】 「なるほど! それはとてもいいアイディアですね!!」
【 恋 】 「そうでしょ! しばらく会えない分、いっぱい遊ぶのはいいよね!!」
【 光 】 「はい!」
【 尚仁 】 「うん、やっぱり二人は笑っている方が良いね」
というわけで、隣の部屋にいた光くんを呼んできたあたしたち。
ほかにも、大和くんや月元さん、柏木先生を呼びに言ったんだけど……
みんな忙しいらしく部屋にはいなかった。
小泉くんは実家に帰省したまま……まだ学園には戻ってきてないみたい。
とりあえず4人で行き先を決めて、後でみんなに相談することにしたの。
【 恋 】 「尚仁先輩は、行きたい場所とかってありますか?」
【 尚仁 】 「僕はみんなと行けるならどこでもかまわないよ。光くんは行きたい場所ないかな?」
【 光 】 「僕ですか? 僕は……遊びに行けるならどこでも。恋様はいかがですか?」
【 恋 】 「あたしは……どうせなら学園の外で、夏らしいところで遊びたいと思うんだけど」
【 尚仁 】 「夏らしいところ? たとえば、海とか?」
【 恋 】 「そうですね……でも……」
日焼けした尚仁先輩の姿なんて見たくないっ!!!
……なんてこと、口が裂けても言えない。
【 尚仁 】 「相崎さん?」
【 恋 】 「あっ! いえ、なんでもないです!!」
【 恋 】 「う、海なんですけど! ここからじゃ遠すぎるから、移動時間がもったいないな~って、思うん……ですけど……」
【 光 】 「なるほど。確かにそれはありますね」
【 恋 】 「でしょ! だから、どこに行こうか悩んで-------」
【 尚仁 】 「なら、泊まりがけで行くのはどうかな? それなら、移動時間も気にならないでしょ」
【 光 】 「さすが尚仁様です! その考えは、まったく思いつきませんでした!」
【 恋 】 「ととと、泊まりなんてダメ! ダメに決まってるでしょ!!」
遊びに行こうとしてるメンバーはみんな男性で……女性はあたしだけ。
部屋割りとかちゃんとしてたとしても! それは許される状況じゃない!!
……って、今の学園の状況とかわらない?
う、ううん! そんなこと思っちゃダメ! 日常生活と旅先は違うものよね!!
【 恋 】 「と、泊まりがけで出かけるとかは、お金がかかりすぎますよ!」
【 尚仁 】 「あぁ、そっか。宿泊にはお金がかかるよね。うっかりしてたよ」
………………先輩の天然って底が見えない
【 光 】 「それじゃあまたなにか別の案を出さないといけませんが……」
【 恋 】 「そうだよね。ここは一つ-------」
ムスッとした様子で口を閉ざしてるアイツに話を振ってみる。
【 恋 】 「ちょっと。さっきから黙ってるけど、遊びに行きたい場所とかないの?」
尋ねてみるも返事はない。
それどころか、肘をついてあさっての方を見てて……目を合わせようともしない。
仕方なくあたしは、アイツが向いている方向に移動して顔を合わせる。
【 雅哉 】 「………………なんだよ」
目を合わせることで、やっと口を開いたかと思えば……雅哉はとても不機嫌だった。
【 恋 】 「『なんだよ』じゃないでしょ。私たちの話、聞こえてたよね?」
【 雅哉 】 「………………あぁ、聞こえてたよ」
【 恋 】 「そう。それじゃあ、なにを聞きたいかわかるよね」
【 恋 】 「雅哉が、みんなで遊びに行きたい場所ってどこ?」
【 雅哉 】 「………………」
【 恋 】 「雅哉?」
【 雅哉 】 「………………別にどこでもいい。お前らが勝手に決めてくれ」
投げやりな答えを返したかと思えば、またすぐに黙る。
今日は何度も不機嫌になっていた雅哉だが、間違いなく今が一番不機嫌みたい。
その所為で、尚仁先輩も光くんも困った顔を浮かべている。
みんなで遊びに行く場所を決める楽しい時間なはずなのに……どうしたっていうの?
【 恋 】 「ちょっと雅哉、さっきからなにを怒ってるのよ?」
【 雅哉 】 「…………怒ってなんかねーよ」
【 恋 】 「どこが怒ってないの? 声も態度も怒ってるようにしか見えないよ!」
【 雅哉 】 「………………気のせいだろ」
一向にやる気を見せない雅哉。
それどころか、話しかけるたびにイライラは募っているようで……。
【 恋 】 「わかった。あたしと尚仁先輩と光くんで行き先決めちゃうからね!」
【 恋 】 「後から文句とか『やっぱり行くかない』とか言わせないからね!」
【 雅哉 】 「……………………言わねーよ」
【 恋 】 「それ、『約束』出来る?」
【 雅哉 】 「…………………………約束する」
【 恋 】 「うん。それなら納得する」
本当は、雅哉にも会話に参加して欲しい。
けど、あの様子じゃあそれを望めそうもないから……
遊びに行くことだけは約束してもらう。
一度した約束は絶対に破らない雅哉。
だから、それだけでも安心出来た。
【 尚仁 】 「ありがとう相崎さん」
そのことがわかってる先輩は、私にだけ聞こえるように耳打ちする。
先輩の息づかいがくすぐったくて、思わずあたしは赤くなる。
【 雅哉 】 「おい兄貴! あんま恋に近づくんじゃねえよ!」
【 尚仁 】 「ごめんごめん。なるべく距離を考えるよ」
【 雅哉 】 「なるべくじゃなく絶対にしろ!」
そう言って、あたしと先輩の間に座る雅哉。
【 雅哉 】 「恋も! こいつが隣にいるからって、赤くなってるんじゃねえよ」
【 恋 】 「う、うん……」
……えっ? もしかして、先輩に焼いてるの?
さっきからずっと不機嫌なのって、先輩があたしの側にいたから……?
もしかして……雅哉は思っている以上に、あたしのことを……。
先輩と光くんがいるのを忘れて、雅哉にそのことを確かめようとしたその時-------
コンコン
来訪を告げる音が部屋に響く。
【 光 】 「どなたか来られたみたいですね。僕、迎えに行ってきます」
あたしは、口にしかけた言葉を飲み込んで
【 恋 】 「う、うん……。頼むね光くん」
【 光 】 「はい! お任せ下さい!」
出迎えを光くんにお願いする。
タイミングが……良いんだか……悪いんだか……。
わかることは……人前では恥ずかしいことを口にしないで済んだということかな……。
【 光 】 「あっ、お疲れ様です! はい、どうぞあがって下さい」
出迎えに行った光くんの声が聞こえてくる。
光くんの話し方から、月元さんが部屋に来てくれたのかと思ったら……
【 善 】 「お、雅哉に尚仁も一緒おったか。ほっほっほ、タイミングが良かったみたいじゃのう」
部屋にやってきたのは、意外にもおじいちゃんだった。
【 恋 】 「おかえりなさい。おじいちゃん」
夏休みが始まってからも、おじいちゃんは学園の共学に伴っていろいろなことをしてるみたいで……
しょっちゅう出張している。
だから、こうやって顔を見るのも2週間ぶりぐらい。
【 善 】 「ただいま恋。元気そうでなによりじゃ」
【 恋 】 「ありがとう。おじいちゃんも元気そうだね」
【 善 】 「ん…………まあのう」
……あれ? あんまり元気そうでもないかも……?
【 恋 】 「どうしたのおじいちゃん? もしかして、出張で疲れてる?」
【 善 】 「いや、そんなことないぞ? 天城寺の男は、元気なのが取り柄だからのう。ほっほっほ」
そう言って笑う姿は……いつものおじいちゃんだ。
それじゃあ、さっきのは……?
なんてことを考えていると------------
【 善 】 「ところで恋。わしがおらん時に、雅哉と仲良くしておったか?」
【 恋 】 「えっ!?」
【 雅哉 】 「な、なに聞いてるんだよ! そんなことじじいに関係ないだろ!!」
【 善 】 「関係ないことないじゃろう。二人はわしが面倒を見てる可愛い孫で、許嫁なんじゃから」
【 善 】 「噂によると、先週に二人でデートに行ったそうじゃが……街でケンカしておらんよな?」
【 雅哉 】 「してねーよ!」
【 雅哉 】 「てか、なんだその噂は!! 俺はずっとここにいるけど聞いたことねえぞ!!」
【 善 】 「噂なんて本人の目の前でするもんじゃないじゃろ?」
【 善 】 「特に雅哉のような、噂を知れば怒ることがわかってる相手の前ではのう」
【 雅哉 】 「ぐっ……!」
……自分はそんなことを言っても、雅哉が怒れないって熟知してるのね……。
さすがおじいちゃん……と言うべきなのかな……?
【 善 】 「まったく。こそこそと隠そうとすることもないじゃろ。もっと堂々と皆に見せつけてじゃな……」
【 雅哉 】 「ででで、出来るかそんなことっ!!」
【 雅哉 】 「てか、じじい! そんなことを話にわざわざ来たのか!?」
【 善 】 「おっと……そうじゃった。まずは恋に話があったんじゃ……」
声のトーンが変わったおじいちゃん。
顔からはいつもの微笑みが消えて……ばつが悪そうな感じであたしを見る。
あたしに話って一体なんだろう……?
心当たりが全然ないんだけどな、この様子じゃ……いい話じゃないよね。
【 善 】 「実はのう……学園の共学に関する話なんじゃが……」
【 恋 】 「えっ!? まさか、今更共学がダメになったとか言うの!?」
今から約2ヶ月前……。
突然あたしをここ『天城寺学園』に呼んで、学園を共学にすると宣言した理事長のおじいちゃん。
けど、ほかの理事の人たちはそれに反対で……共学を阻止しようとしてきた。
今は、共学反対派のトップの人が学園を去ったから……
共学ってことで落ち着いてるけど……。
それが、いつ覆ってもおかしくない状況なのかもしれない。
【 善 】 「いやいや、そうは言わんよ。天城寺学園は、立派に共学の学校じゃよ」
【 善 】 「ただ……」
【 恋 】 「ただ……?」
【 善 】 「ちょーっと思ってたより女子寮の建設に時間がかかりそうでな……」
【 恋 】 「は? それじゃあ、いつ建設されそうなの?」
【 善 】 「そうさのう……お前が、高等部を卒業するぐらいかな?」
【 恋 】 「えぇ!?」
【 善 】 「それにな、女子寮の建設が終わってから各校舎の改修工事をして、女性用の施設を作る予定だったんじゃが……」
【 善 】 「そっちに手を出す余裕もまるでないんじゃ!」
【 恋 】 「ちょ、ちょっと……おじいちゃん……?」
【 善 】 「お前には『今年の夏に女子生徒を募集する!』と話していたと思うんじゃが……」
【 善 】 「女性が生活出来る場所がないから完璧に無理じゃ!!!」
【 恋 】 「…………ねぇ、女性にあたしは含まれないの?」
【 善 】 「お前はもうここの生活になれたじゃろ?」
【 恋 】 「それは……まぁ……そうだけど……」
【 善 】 「そうじゃろ。だもんで恋は、学園の紅一点としての生活をもうしばらく楽しんでおくれ!!」
【 恋 】 「………………冗談だよね?」
【 善 】 「本気と書いてマジじゃ!」
【 恋 】 「………………」
…………正直に言うと、うすうすは気がついてた。
夏休み中、女子寮を作ってる現場を何度かのぞきに行ったことがあるけど……
その様子からは、夏休み中にはとても完成しなさそうな雰囲気だった。
けど、素人のあたしがそう思っても、本当はちゃんと完成するんだろうって……
自分に言い聞かせて生活してきたけど……
【 恋 】 「や、やっぱり完成しないんだ……は、ははは……」
おじいちゃんの告白に、急に目の前が真っ暗になって……
雅哉があたしの名前を呼ぶのが聞こえた気がしたけど……それ以降は覚えてない……。
ただ、あたしの頭の中には……
『これから先、あたしはどうなるの?』
という漠然とした不安でいっぱいだった