第四回 : ひめひび1.5 (※第三話)
▼ えっ? 決定なの!?
【 雅哉 】 「………………」
おじいちゃんとなにを話してたの?
そんな簡単な質問に、雅哉は口を固く閉ざしたまま……言葉を発しない
そこまでかたくなに答えを拒む理由って一体なに……?
その答えを知りたいと思う気持ち……
その答えを知りたくないと思う気持ち……
【 恋 】 「………………」
矛盾した二つの気持ちが、心の中でせめぎ合って……
あたしは言葉を口にすることができない
静寂が部屋を包む
あたしと雅哉の様子に、
その場にいる誰もが言葉を発することができないでいた----------
【 林斗 】 「サッカー留学の話でしょ。理事長からの話って」
…………と、思ったけど、そうじゃない先生が一人
サッカー……留学……?
雅哉にも……留学の話があるの……?
【 雅哉 】 「り、林兄! なんで林兄がそれ知ってるんだよ!!」
ウソだって言って欲しかった
だけど、雅哉が口にしたのはその話を肯定するような言葉で……
留学の話が真実なのだと……あたしは理解した
【 林斗 】 「俺はお前の担任教師。そういう話があれば、聞かされるに決まってるでしょ」
【 雅哉 】 「それはそうかもしれねえけどさ! 俺だって今日初めて聞いたんだぞ!!」
【 林斗 】 「そうなんだ。雅哉ってば情報が遅いね」
【 雅哉 】 「そうじゃねえだろ! てか、なんで林兄が言うんだよ!」
【 雅哉 】 「留学のことは、俺から恋に話さないといけないことだろっ!」
【 林斗 】 「そう、これはお前が話さないといけないことだ」
【 林斗 】 「それがわかってるなら、いつまでも黙ってるんじゃない」
【 雅哉 】 「ッ!」
【 林斗 】 「彼女だって、お前の口から聞きたいはずだ」
【 林斗 】 「そして、お前がそれをどうするつもりなのかを……ね」
【 雅哉 】 「………………」
【 林斗 】 「さ、自分がなにをすべきかわかったよね? 後は行動するだけだ」
【 雅哉 】 「わっ!?」
林斗先生に背中を押された雅哉は、
よろめきながらあたしがいるベッドの前までやって来て……
【 雅哉 】 「あっ……」
雅哉が部屋に帰ってきてから、初めて目があった
【 恋 】 「雅哉……。留学の話があるなら、あたしはあなたの口から聞きたいよ……」
あたしの問いかけに、雅哉は目をそらさないで
【 雅哉 】 「…………わかった」
そう一言つぶやいた後に、雅哉はゆっくりと話し始めた
【 雅哉 】 「恋をベッドに寝かせた後……俺はじじいに連れられて、寮長室まで行った」
【 雅哉 】 「『急を要する話がある』って言われて……気絶してるお前をおいていくなんて、したくなかったけどな」
【 恋 】 「うん……」
【 雅哉 】 「じじいから言われたのは、フランスのサッカークラブから、俺宛てに留学を持ちかけられたって話だった」
【 雅哉 】 「最初にその話を聞いたとき、スッゲー驚いた」
【 雅哉 】 「助っ人部として全国大会で優勝したけど、たかだか数試合しか出てない俺にそんな話があるなんてさ……」
【 雅哉 】 「気持ちが落ち着いてきたら……今度は嬉しくなってきたんだ」
【 雅哉 】 「世界で勝負してる人たちが、俺の実力を認めてくれて……わざわざ声をかけてくれたってことがな……」
【 雅哉 】 「しかも、クラブの側の学校まで手配してくれてるらしくて……」
【 雅哉 】 「俺のことを本気で」
思い出しながら話す雅哉の声は……本当に嬉しそうで……
【 恋 】 「そう……なんだ……」
雅哉とは対照的に、あたしの気持ちは……深く沈んでいった
本当なら、雅哉のことを一番祝福してあげなくちゃいけないのに……
あたしは自分でもイヤになるぐらい自分勝手で……
天城寺学園に一人取り残されることが……怖かった
光くんや月元さんがいてくれるなら、あたしはきっと安全で
今までと変わらない学園生活を送れると思う
だけど……
あたしの隣に……雅哉がいない
話したり、笑いあったり、ケンカしたり……
毎日一緒に過ごしてきた雅哉が……あたしの隣からいなくなるなんて……
【 恋 】 「…………ッ!」
【 雅哉 】 「お、おい、恋!」
目の間にある雅哉の顔がゆがんで……涙があふれてくる
【 雅哉 】 「…………泣くな恋。俺は留学の話なんて……受けるつもりないんだから」
【 恋 】 「えっ……?」
【 雅哉 】 「お前をこの学園に残して、留学になんか行けるはずないだろ……?」
【 雅哉 】 「だから、そんな悲しい顔して泣かないでくれ……。見てる俺もつらい……」
ほほに手を当てて涙をぬぐってくれる雅哉
優しい言葉……穏やかな顔……
【 恋 】 「うん、泣かないようにする……。いきなりゴメン」
【 雅哉 】 「気にするなよ。気持ちが落ち着いてくれれば、それでいいからさ……」
今度は頭をなでてくれて、
あたしの気持ちは少しずつ落ち着いていく
……一緒にいられなくなるのはやっぱりすごく辛い
考えるだけで、心から火が消えていくような寂しさが襲ってくる
『行かないで』
そう口にできたらどんなにいいかと思う
だけど……
そんなあたしの我が儘で、折角の雅哉の才能を、夢を
……奪うようなことなんてできないよ……
【 恋 】 「だけど……留学しないなんて言わないで……」
【 雅哉 】 「えっ……?」
……雅哉の彼女だからこそ、夢を応援してあげたい
これも偽りのない、あたしの本当の気持ちだから……
【 恋 】 「デートのときに話してくれたよね……? 自分の力を世界で試したいって」
【 雅哉 】 「そ、それは……!」
【 恋 】 「助っ人部としていろんなスポーツをしてるのは、みんなから頼られるのもあるけど……」
【 恋 】 「自分と張り合えるライバルを捜してる……だったよね」
【 恋 】 「それに……最初に質問したときにすぐに留学のことを話せなかったのって……」
【 恋 】 「雅哉の中で答えが出てなかったんでしょ……?」
【 雅哉 】 「い、いや……そんなことは……」
口では否定をしてるけど、雅哉は目をそらす
わかりやすいヤツ
あたしが泣いちゃったから、留学をやめようって思ってくれたんだよね
でも、それはきっと雅哉が選びたかった答えじゃない……
だから、あたしができることは……
【 恋 】 「今回の話って、またとないチャンスじゃない」
【 恋 】 「だから……雅哉は留学した方がいいと思うよ」
雅哉の背中を押すことだけ
そうしたらきっと……雅哉は留学を決意する
そう思っていたけど……
【 雅哉 】 「なんで……なんでそんなこと言うんだよっ……!」
怒鳴られた。しかもめいっぱい
【 雅哉 】 「留学はしないって決めたのに……それなのにお前は……」
【 雅哉 】 「俺は、留学よりもライバルよりも、お前のことが大切なんだっ!」
【 雅哉 】 「10年かかってやっと再会できたのに……またお前と離ればなれになるなんて……」
【 雅哉 】 「俺は絶対にできないっ……!」
【 雅哉 】 「お前はいいのかよっ、俺と離れることになったとしても!?」
【 恋 】 「いいわけないよっ! すごく寂しいよっ!!」
【 恋 】 「あたしだって雅哉の側にいたい! 少しだって離れたくないよっ!」
【 雅哉 】 「じゃあなんで! なんで行けなんて言うんだよっ!!」
【 恋 】 「あたし一人のために、雅哉が夢を諦めるのがイヤだからだよっ!!」
【 雅哉 】 「ッ!!」
雅哉の剣幕にあたしもつい怒鳴り返してしまい、雅哉は口をつぐむ
お互いに、お互いのためを思っての答え
それなのに……あたしたちの気持ちはすれ違って……
あたしは次に口にする言葉が見つからない
雅哉も、口を閉ざしてしまっている
静寂がまた、部屋の中を支配するかと思った……けど
【 尚仁 】 「それなら、相崎さんも一緒に留学するっていうのはどうかな?」
黙ってみていてくれた尚仁先輩が、不意に口を開いた
……一緒に……留学……?
【 恋 】 「………………………………………………えっ?」
【 尚仁 】 「雅哉は相崎さんと離れたくない。相崎さんは、雅哉に夢を捨てさせたくない」
【 尚仁 】 「それなら、二人が一緒に留学すれば万事解決でしょ?」
【 尚仁 】 「ついでに、僕の留学先もフランスだから。もしかしたら二人の側にいられるかもしれないね」
突然の先輩の言葉に、部屋の中は静まりかえって……
雅哉も光くんも、あの柏木先生ですら驚いた顔をして固まってる
先輩が天然なことは知ってたけど……
まさか、こんなときにそんなことを言うなんて……
【 雅哉 】 「あ、兄貴……」
あたしとの会話に突然入ってきた尚仁先輩。
そのことに雅哉は怒ったのか肩をぶるぶると震わせてて……今にも一触即発!?
【 恋 】 「ま、雅哉っ! とりあえず今は落ち着い--------」
【 雅哉 】 「す、スッゲーぞ兄貴! それ最高じゃねーかっ!!」
【 恋 】 「………………………………………………はっ?」
【 雅哉 】 「俺、早速じじいに相談してくるっ!」
【 恋 】 「えっ!? ちょ、ちょっと雅哉!?」
声をかけようとしたときには、もう雅哉の姿は見えなくなってて……
今の話にあたしの気持ちは全然ないよ!
りゅ、留学なんて急に言われたって困るだけだし!
せめて考える時間が欲しかったあたしは、
雅哉を追いかけるために立ち上がろうとした
けど、長時間気絶してたせいか体が思うように動かなくて……
【 恋 】 「だ、誰か! 雅哉を止めて下さい……!」
代わりに雅哉を止めてもらおうと、力を振り絞って声を出す
【 林斗 】 「3人揃って留学か……。いや、その発想は俺でもなかったよ」
【 林斗 】 「さすがは天才ピアニストだね」
【 尚仁 】 「はははは、それは関係ないと思いますが、柏木先生に褒めてもらって光栄です」
【 光 】 「恋様に雅哉様に尚仁様まで留学されるなんて……寂しくなってしまいますね」
【 光 】 「あっ……。僕の部屋、一人になってしまうんですね」
【 林斗 】 「ん? 一人がそんなに寂しいの光くん? なら、俺のルームメートになる?」
【 光 】 「…………それは遠慮しておきます。いろいろと怖い気がしますし……」
【 林斗 】 「ふーん……。光くんは俺のことを怖いと思ってるんだ……。へぇ~……」
【 光 】 「あ、あのどうしてこっちに来るんですか!? なんで手を広げてかまえてるんですかっ!? ち、近づかないで下さい!!」
……だけど、その声は誰の耳にも届いてなくて……
それどころか、もう留学行くことが決まったような話になってて……
【 恋 】 「な、尚仁先輩!」
【 尚仁 】 「ん? なにかな相崎さん」
【 恋 】 「あ、あたし! 留学なんて急に言われても──」
【 雅哉 】 「じじいは留学OKだって! 全部手配してくれるってよ!!」
止めることをお願いする間もなく帰ってきた雅哉。
しかも、留学のOKまでもらってきてる!?
【 雅哉 】 「時間ないぞ恋。出発は三日後だ!!」
【 恋 】 「みっ、三日後!? それはいくらなんでも早すぎない!?」
【 恋 】 「それにあたしは留学するなんて一言も──」
【 雅哉 】 「やったぜ恋! これで俺たちは離ればなれにならないですむっ!!」
【 恋 】 「キャッ!? ちょ、ちょっと雅哉! み、みんながいる前で……!!」
【 光 】 「ぼ、僕はなにも見てません! 見てないから平気ですからっ!!」
【 林斗 】 「あらら~。雅哉ってば恋ちゃんをしっかり抱きしめちゃって……。ずいぶんと積極的になったもんだ」
【 光 】 「み、見てはいけません柏木先生! こ、これはプライベートなことですからっ!」
【 林斗 】 「むしろ、光くんはよーく見ておいた方がいいんじゃない? 彼女ができたとき、こうすればいいんだってわかるよ」
【 光 】 「か、彼女だなんて! 僕にそんな人は……!!」
【 尚仁 】 「雅哉たちの出発は三日後かぁ……。予定より早いけど、僕も二人と一緒に行くことにしようっと」
や、やっぱり誰も話を聞いてくれてない……
………………
こ、この状況はなに……?
今日は部屋で、雅哉と次のデートの話をしてただけのはずだよ……?
それが……尚仁先輩の留学に始まって
善おじいちゃんの女子が来ないって話になり……
最終的には、雅哉と揃ってあたしも留学!?
【 恋 】 「ふ、ふふふっ……あははははは……」
【 雅哉 】 「笑ってる……。そっか、恋も留学が決まって嬉しいのかっ!」
【 恋 】 「は、ははは……もう……好きにして……」
最後の気力を振り絞ってそう一言告げたあたしは……また気絶した
暗闇に落ちていく意識の中
今日の出来事がみんな夢だったらいいな……なんてぼんやりと思いながら……