第六回 : ひめひび1.5 (※第五話)
▼ ミーとニャー
【 忍 】 「……お嬢様が留学している間、この子たちの面倒を見て欲しいと?」
【 恋 】 「はい……。もちろん無理にとは言わないです。月元さんが忙しいことは十分知ってるつもりなので」
【 恋 】 「とりあえず、考えてもらえないでしょうか?」
【 ミー 】 「ミー」
【ニャー】 「ニャー」
あたしの言葉に反応するように鳴き声を上げるミーとニャー
【 忍 】 「………………」
その声を聞いて、微笑みを浮かべる月元さん
ミーとニャーはフランスへ連れて行けない……
海外にペットを連れて行けることはあたしもちゃんと知ってる
そのためにしなくちゃいけないことも……
病原菌の蔓延を防ぐため、
ペットは前もって検疫をして許可を取らなくちゃダメなんだ
だけど……今度の場合は、検疫をする時間が全くない
それに、猫は環境の変化が苦手な動物で……
天城寺学園での生活は、あたし以外にも優しい人たちに囲まれてたからか、
うまくなじんでくれたけど
次も同じようにうまくいくとは限らない
【 恋 】 「あたしってば何やってるんだろ……。この子たちは大切な家族なのに……」
そのことに気づけなかった自分を嫌悪して落ち込んでいたとき、
部屋を尋ねてきてくれたのは月元さんだった
留学するまでに時間がないことから、あたしの荷造りを手伝いに来てくれたみたい
思えば、私が天城寺学園で生活を始めるとき、
あたしの実家から荷物を持ってきてくれたのは月元さんだ
【 ミー 】 「ミー」
そのときに、この子たちを一緒に連れてきてくれたのも……
捨て猫だったこの子たちを拾ってきて、ずっとあたしが育ててきた
だから、離ればなれになることなんて……今まで考えたことも無かったんだけど
【ニャー】 「ニャー」
甘えるような鳴き声を上げながら、月元さんの足にすり寄る二匹
そんな様子を見て、
留学中にミーたちの面倒をみてもらえないかと月元さんに相談することにした
警備部主任に第二寮の寮母を兼務してる月元さんは、
想像を絶する忙しさなのは知っている
でも、時間があるときはミーたちにご飯をあげたり、
一緒に遊んでくれたり、昼寝したりしてる
あたしを除けば、学園で一番ミーとニャーに近い存在なのは……月元さんに間違いない
だから、たとえ忙しくても月元さんなら引き受けてくれる……
あたしはそう都合良く思ってた
だけど……
【 忍 】 「…………申し訳ございません。私にミーたちの面倒をみることは出来ません」
返ってきた答えは予想外のものだった
【 恋 】 「ダメって……やっぱり忙しいからですか……?」
【 忍 】 「そのことも理由の一つではあります。普段こなしていることとは別に、仕事がはいるので」
【 恋 】 「えっ……月元さん、今以上に仕事が増えるんですか?」
【 忍 】 「増える……というわけではないのですが、お嬢様は気になさらないで下さい」
【 恋 】 「わかりました……」
月元さんの言い方に引っかかる物がある
けど、お仕事の都合上、言えないこともあるんだろうって自分に言い聞かせる
【 ミー 】 「ミー」
【ニャー】 「ニャー」
月元さんに断られたことを理解しているのかいないのか、
鳴き声をあげるミーとニャー
そんな二匹の頭をなでる月元さん
ゴロゴロとのどを鳴らして、嬉しいことをあたしたちに伝えるミーたち
いつもなら幸せな気持ちになるのに……今のあたしは逆に沈んでいく
そんなあたしを救ってくれたのは、目の前にいる人だった
【 忍 】 「お嬢様。私は面倒を見ることは出来ませんが……適任な方の心当たりはあります」
【 恋 】 「ほ、本当ですか!? あっ、それってもしかして光君?」
【 忍 】 「いえ、光ではありません」
【 恋 】 「光君じゃない? まさか……林斗先生?」
【 忍 】 「違います。それだけは断じて違います。林斗にミーくんたちを任せるのは危険です」
【 恋 】 「あはは……ですよね」
普段の林斗先生ならミーたちを可愛がってくれるけど、
アノ日のときは怖い気がする……
【 忍 】 「私が適任だと思う心当たりは…………様です」
【 恋 】 「えっ……? 彼が猫好きなのは知ってますけど…… あたしからの頼みを引き受けてくれるでしょうか?」
【 忍 】 「それなら心配はないと思います。頼み事を断れる性格ではありませんし」
【 恋 】 「それは……確かに……」
生真面目で実直な彼だったら、頼む相手があたしだとしてもきっと断らない
そしてなにより無類の猫好き
そんな彼だったら、ミーたちを安心してまかせることもできるけど……
あたしのことを『敵』だって言った人に頼むのは……どうなのかな
【 忍 】 「それに……今の彼にこそ、ミーたちの特技が必要だと思いますので」
【 恋 】 「あっ……」
確かに月元さんの言うとおりだ……
今の彼には、この子たちが側にいた方がきっといい
【 恋 】 「月元さん! あたし、彼に頼んでみようと思います!」
【 恋 】 「万が一断られたとしても、それで諦めないで…… 納得してくれるまで何度でも頼みます!!」
【 恋 】 「やっぱり、あたしのことを『敵』だって言ってくれる元気がないと、彼じゃないと思うので!」
【 忍 】 「フッ……お嬢様はお強いですね。ですが、私もそれがいいと思います」
あたしの決意に笑顔を浮かべてくれた月元さん
困ってるときにどこからともなく現れて、いつもあたしを助けてくれる
とっても頼りになる人
今は助けてもらってばっかりだけど、いつか恩が返せたらなって思う
とりあえず、留学先から戻ってくるときおみやげをいっぱい買ってこよう
【 恋 】 「それじゃあ月元さん、早速行ってきます!」
【 忍 】 「いってらっしゃいませ。私は、荷造りの方を進めていますので」
【 恋 】 「すみません、よろしくお願いします!」
【 ミー 】 「ミー」
【ニャー】 「ニャー」
立ち上がってドアノブに手をかけるあたしを、送り出すように鳴き声を上げるミーたち
【 恋 】 「ミー、ニャー! あなた達もついてくるの!」
とまあ、意気込んで部屋を出て来たまでは良かったんだけど……
コンコンとドアをノックしているのに、中から一向に返事がない
もしかして留守にして----------
【 大和 】 「雅哉君なら出かけています」
【 恋 】 「うわっ!?」
【 大和 】 「……横から声をかけたことが、そんなに驚くことですか?」
【 恋 】 「ご、ゴメン。正面に集中してたから周りが見えて無くて……」
【 恋 】 「それよりも、雅哉がいないって?」
【 大和 】 「留学前に部活の人たちに挨拶をしてくるそうです。 約束を守れなくなることを謝ると言ってました」
【 恋 】 「あ、なるほど……。雅哉らしい行動だね」
【 大和 】 「そうですね。ということで、相崎君は僕の部屋に用事は無くなったのではないでしょうか」
【 大和 】 「ドアの前からどいてもらえますか?」
……ちゃんと共学が決まった後でも、相変わらずな反応の大和君
いつものあたしなら
『そんな言い方ないんじゃない?』って反論してると思うけど……今日は違う
【 ミー 】 「ミー」
【ニャー】 「ニャー」
この子たちのために、そして大和君自身のためにも
【 恋 】 「ううん、あたしが用があるのは雅哉じゃなくて……大和君なんだ。君にお願いしたいことがあって」
【 大和 】 「僕に頼み事……? それはずいぶんと珍しい……いえ、初めてのことではないしょうか」
【 恋 】 「そうだと思うよ。大和君と学園で再会したとき、『敵』だって言われたしね」
【 大和 】 「…………そうでしたね。あのことからまだ2ヶ月も経っていないのに、もっと昔に思います」
【 大和 】 「あのころは…………彼がいましたし」
力なくつぶやく大和くん
その様子を見て、あたしは胸が少し痛い
……原因の一端はあたしにもあることだから……
【 大和 】 「……それで、敵の相崎君が僕に用事とはなんですか?」
【 恋 】 「うん。実はね、この子たちのことなんだけど……」
【 ミー 】 「ミー」
【ニャー】 「ニャー」
【 大和 】 「ミーちゃん、ニャー君!」
【 恋 】 「ぷっ!」
ほんの少し前まで元気がなかったのに、
ミーたちに気づいたとたんテンションがあがった大和君
そんなわかりやすい反応に、あたしは思わず吹き出してしまう
【 大和 】 「……こ、コホンッ! 猫くんたちのことで僕に用事とは……一体なんでしょうか?」
そのことが恥ずかしかったのか、わざとらしい咳を一つして平静を装う大和君
これを見ると、やっぱり大和君にお願いするのが一番なんだってよくわかる
それにすぐ気づくなんて、月元さんも林斗先生に負けないぐらいスルドイんだな
【 恋 】 「大和君にお願いしたいのは、あたしが留学に行ってる間、この子たちの面倒を見て欲しいってことなんだ」
【 大和 】 「猫くんたちを……? フランスへは一緒に連れて行ってあげないのですか?」
【 恋 】 「出来るならそうしたいよ。 だけど、検疫する時間がないし……海外での生活に不安があるからさ……」
【 恋 】 「だからね、ミー達を可愛がってくれてた大和くんにお願い出来ないかなって思ったんだ」
あたしの話を聞き終えた大和くんは、目を閉じてなにかを考えてるようだった
それはそうだよね。
あたしから頼み事をさせるなんて、夢にも思ってなかっただろうし
でもま、話は聞いてもらえたから良かった
後は、大和くんが本当に引き受けてくれれば、万事解決するんだけど-----------
【 大和 】 「……事情はわかりました。突然の留学に、下準備をする時間がないことも……」
【 大和 】 「はっきり申しまして、猫くんたちが不憫でなりません……」
【 恋 】 「わかってくれた!? それじゃあミーたちのことは--------!!」
【 大和 】 「慌てないで下さい。頼まれたことの返事をする前に、一つ聞きたいことがあります」
【 大和 】 「何故に僕なのですか?」
……やっぱり、そこは引っかかるよね
【 大和 】 「猫くんたちを可愛がっているというなら、夏八木くんでも月元さんでもかまわないと思います」
【 大和 】 「むしろ、あなたに近しい立場ですし、お二人に頼む方が自然ではないでしょうか」
【 恋 】 「……確かにそうだね。うん、あたしでもそう思うよ」
【 恋 】 「だけど……大和くんじゃないとダメな理由があるんだ」
その理由を話すのは、正直に言ってあたしも気が引けた
できることなら、聞かないで欲しかった……
だけど……
【 大和 】 「僕じゃなければダメな理由……。いったい何だと言うんですか?」
大和くんが理由を聞くことも予想出来てた……
一つ、大きな深呼吸をして気持ちを落ち着けて……あたしは覚悟を決めた
【 恋 】 「大和くん。君はまだ、『琉耶くん』のことを引きずってるよね……?」
【 大和 】 「ッ!」
あたしの言葉に、大和くんは息をのむ。そして、顔に暗い影が落ちる
……直村琉耶……
天城寺学園の共学に反対しているのを隠し、あたしと友達になったクラスメート……
唯一の女子であるあたしを学園から排除しようと、
力づくで襲ってきた集団のリーダー的存在
本当の黒幕は、彼の父親で学園副理事の人だったらしいけど……
詳しいことはわからない
ただ……普通に会話したり、
お互い笑いあったりしてた琉耶くんが犯人だったことは……
すごいショックだった
だけど、あたし以上にショックを受けていたのは……大和くんだ
10年来の友人でいて、生徒会長と副会長としてずっと一緒にやってきた二人
それなのに、大和くんは何一つ琉耶くんのことを気づけなかったって後悔してて……
雅哉やクラスメートのみんながいくら大和くんを励ましても、反応がほとんど無くて
夏休みに入った直後は、まるで抜け殻みたいだった
それから何日かして、『吹っ切れた』ってみんなに話していたけど……
とてもそうは見えなくて
『琉耶くん』の名前やあの事件のことは、口にすることはタブーになった……
【 恋 】 「……ごめん。聞かれなかったら、言うつもりはなかったんだけど」
【 大和 】 「…………なにを気にしているんです? 僕はもう平気だと前に言ったはずです」
【 恋 】 「そうだね……。でも、それは本当なの? 実は、無理をしてるんじゃない?」
【 大和 】 「無理だなんてっ! 相崎くんは、この僕が家訓に反してウソをついてるとでも------っ!!」
【 ミー 】 「ミー」
大和くんが叫ぶのに呼応して、
あたしの足下でおとなしくしていたミーが駆け出し大和くんの足下へ
そして、スリスリと体をすり寄せて親愛の行動を示す
【 大和 】 「っ! み、ミー君……」
【ニャー】 「ニャー!」
やんちゃ盛りのニャーは、大和くんの着物を駆け上って肩にまで
そして、ほほをペロペロと舐め出す
【 大和 】 「っっっ!!!」
ミーたちの突然の行動に、
大和くんはただただ混乱してるようで、あたふたと慌てていた
【 大和 】 「な、な、なんですかこれは!? 猫くんたちは、急にどうしたというんです!?」
【 恋 】 「ミーたちのその行動が、大和くんが無理をしてるって証拠かな」
【 大和 】 「ど、どういうことか説明して下さい!」
【 恋 】 「その子たちって、不思議なんだけどわかるみたいなんだ、人の感情っていうのが」
【 恋 】 「『寂しい』『苦しい』『つらい』……。そんなマイナスな感情を抱えた人がいると……」
【 恋 】 「その人の側に行って、自分たちが出来る精一杯でその人を慰めようとするんだ」
【 恋 】 「だから、『琉耶くん』の名前で大和くんのところに行った……それが証拠」
【 大和 】 「そ、そんなこと……! デタラメです!」
【 恋 】 「デタラメかどうかは、自分が一番わかってるんじゃない?」
【 大和 】 「…………!」
あたしの言葉に口を閉じる大和くん
【 恋 】 「大和くんは『ウソ』なんかついてないよ。みんなの安心させるための『思いやり』だもん」
【 恋 】 「いつもと変わらないように振る舞って見せてるのも、みんなに気を遣わせないためでしょ」
【 恋 】 「大和くんが優しい人だってことは、あたしはちゃんと知ってるからね」
【 恋 】 「だから、大和くんが本当の意味で立ち直るきっかけになってくれればって思って、ミーとニャーをお願いしようと思ったんだ」
【 大和 】 「………………」
【 恋 】 「最初に言ったとおりミーたちが大和くんになついてるって理由もあるし」
【 恋 】 「大和くんは真面目だからさ。引き受けてくれれば、安心して任せられるっていうのもあるんだけどね」
【 恋 】 「どうかな……? 引き受けてくれると、あたしもこの子達も安心できるんだけど……」
【 大和 】 「………………」
大和くんは、さっきから黙ったままだ
だけど、最初の慌てた様子は全然無くなってて、今はただ静かに立ってる
まっすぐあたしの目を見つめて
【 恋 】 「………………」
…………大和くんからそんなに見られることなんてないから、なんだか照れちゃうな
な、なんて! こんな真面目なときにあたしってばなに考えてるの!?
心の中で深呼吸して、何とか気を取り直したあたしは、大和くんの目を見つめ返す
【 ミー 】 「ミー」
【ニャー】 「ニャー」
ミーたちは大和くんのことを慰めている
【 大和 】 「ふぅ~……」
大和くんは大きく息を吐いて
【 大和 】 「……そこまで言われたら、しかたありませんね」
【 恋 】 「それじゃあ……!」
【 大和 】 「ミー君とニャー君は僕が責任を持って面倒をみましょう」
胸を叩いて引き受けてくれる
【 恋 】 「ありがとう大和君! 恩に着るよ!!」
【 大和 】 「か、勘違いしないでください! これは貴方の為に引き受けることではありません!」
【 大和 】 「あくまでミーちゃんとニャーくんの為であって------!!」
【 恋 】 「ふふっ。どんな理由であっても、引き受けてくれるならあたしは嬉しいよ」
大和くんがミーたちの面倒を引き受けてくれたので、自然と笑顔になるあたし
私に反比例して、大和くんは不機嫌な顔を見せている
【 恋 】 「大和くん、本当に元気になってね。お腹のそこから笑うことが出来るようにさ……」
【 大和 】 「あなたにそんな風に言われなくても、僕はいつだって元気です!」
【 恋 】 「まだそう言うの? 大和くんてば、意地っ張りだよね」
【 大和 】 「どうせ僕は頭が固いですよっ!」
【 恋 】 「確かにそうかもね。だけど、そこが大和くんのいいところでもあると思うよ」
【 大和 】 「っ! ……相崎くんには、いつも調子を狂わされます……っ!」
不機嫌にそういう大和くん
だけど、その言葉に悪意がないことはわかる
大和くんは、あたしのことをまだ認めてくれてないかもしれない
だけど、こうやって話をすることが出来る
ケンカをすることもあるけど、本当に険悪になることはない……不思議な関係
留学から帰ってきたときも、こんな感じなのかな?
それとも、天城寺学園の共学を……あたしのことを認めてくれたりして
そんなことあるわけ無いか。大和くん、頭固いしね
でも、本当にこれで一安心だよ……
【 ミー 】 「ミー」
【ニャー】 「ニャー」
あたしの心を感じ取ってくれたのか、ミーとニャーが揃って鳴き声を上げてくれた