第八回 : ひめひび1.5 (※第七話)
月元さんの運転する車に乗って、学園を出発したあたしたち
空港に向かう道は渋滞もなく、順調に進んでいく
【 善 】 「フランス留学か……。わしがもう50歳若ければ、行ってみたんじゃがのう」
【 尚仁 】 「理事長はまだ若いんですから、今からでも遅くないと思いますよ」
【 雅哉 】 「お世辞にも無理があるだろう兄貴……。なに? 本気だって!?」
【 恋 】 「りゅ、留学はともかく。お仕事が忙しくないときは、遊びに来てよねおじいちゃん」
【 善 】 「そうじゃな……。今の仕事が一段落したら、遊びに行くとしようかのう」
こんな風に、車内の雰囲気はわきあいあいとしていて
これから行く、初めての海外への緊張を和らげてくれていたけど
▼ 出発の時
『フランス、パリ行きの最終便は、後1時間で出発します』
『荷物の受け付けが済んでいない方は、手続きカウンター25番までに……』
空港に響くアナウンスや、大きな旅行鞄を持って歩く人たちを見てると
少しずつ緊張感が高まっていく
…………飛行機に乗るのも、今度が初めてのことだし
【 恋 】 「パリまでの飛行時間が約14時間で、日本との時差が-8時間だから、えーっと……」
【 雅哉 】 「向こうの時間では、午前4時ぐらいに到着するな」
【 恋 】 「ご、午前4時! 普段なら眠ってる時間じゃない……」
【 尚仁 】 「いわゆる『時差ぼけ』は、そこから生まれるんだよね」
【 尚仁 】 「緊張してると余計になりやすいから。相崎さん、出来る限りリラックスしてた方がいいよ」
【 雅哉 】 「そうだぞ。俺が隣の席に座ってるんだから、恋は余計なことを考えることはない」
【 恋 】 「雅哉……」
手を握ってくれた許嫁の顔を見て、あたしはこくんと一度頷く
こんなことで緊張感が和らぐなんて……あたしってば本当に単純
でも、それというのも、雅哉のことが本当に--------
【 善 】 「ほっほっほ、まさに青春じゃのう。『仲良きことは美しきかな』」
【 恋 】 「お、おじいちゃん!?」
飛行機のチケットを受け取りに行っていたおじいちゃんから、
不意打ちの言葉をかけられて
思わずあたしの顔は熱くなる
【 雅哉 】 「帰ってきたとたん茶々入れるなよじじい。それより、チケットは受け取れたのか?」
【 善 】 「もちろんもらってきたぞ。チケットは……尚仁、お前にまとめて渡しておくかのう」
【 尚仁 】 「はい、確かに受け取りました理事長。出発ロビーに行ったら二人に渡すね」
【 恋 】 「は、はい。よろしくお願いします……」
【 忍 】 「では、早速荷物を預けに行くとしましょう。 出発まで後1時間では、あまり余裕があるとは言えません」
【 恋 】 「そ、そうなんですか?」
【 忍 】 「ええ。パスポート確認の出国手続きや、スーツケースのX線検査。 機内に持ち込む手荷物検査など」
【 忍 】 「飛行機に搭乗するまでには、やることはいろいろとありますので」
【 恋 】 「は、はぁ……。いろいろと大変なんですね……」
聞いたことはあっても、実際にやるのは初めてなことばかりで……
不安な気持ちと緊張感が高まってくる……
【 尚仁 】 「わからないことがあったら、僕に聞いて。海外には何度も行ってるから、答えてあげられるよ」
そんなあたしの気持ちに気づいてくれたのか、
肩をポンと叩いてくれた先輩が優しく声をかけてくれる
【 恋 】 「は、はい! よろしくお願いします先輩!」
やっぱり、尚仁先輩は頼りになるな……
【 雅哉 】 「べ、別に俺に聞いてもいいんだぞ! 俺だって、1回は海外に行ったことあるからな!」
【 恋 】 「う、うん。わかったよ」
必死な様子で雅哉が割り込んできたので、あたしは一応頷いたけど……
一回しかないなら、尚仁先輩に聞いた方が安心じゃないかな
なんてことを思ったりしていたら……
スーツケースを預けるときの荷物確認で
【 雅哉 】 「ヤベッ! パスポート、スーツケースの中だ!!」
……なんて、わかりやすい失敗をしている雅哉
やっぱり、何かある場合は経験豊富な尚仁先輩を頼るべきだね……
……………………
…………
……
【 善 】 「ほっほっほ、いろいろとすったもんだがあったが、なんとか間に合ったのう」
【 雅哉 】 「う、うるせえじじい! 孫の失敗をとやかくいうな!」
…………あれは、雅哉がどう考えても悪いと思うけどね
【 雅哉 】 「それより、どうせあれだろ? 出発前の挨拶とかあるんじゃないのか?」
【 善 】 「ああ、そうじゃなあ……」
【 善 】 「ケガにだけは気をつけて、元気で過ごすように! わしからは以上じゃ」
【 雅哉 】 「みじかっ! それっきゃないのかよじじい!」
【 善 】 「お前たちに、今更くどくどと話すことは特にないからのう。まぁ、わしからの信頼と思ってくれ」
【 雅哉 】 「…………実は考えるのが面倒なだけじゃないのか?」
【 尚仁 】 「そんなこと言うもんじゃないよ雅哉」
【 尚仁 】 「理事長……いえ、おじい様。お言葉、ありがとうございました」
【 善 】 「うむ。恋も、くれぐれも気をつけるんじゃよ」
【 恋 】 「うん。おじいちゃんも体には気をつけてね」
あたしの言葉に、おじいちゃんはニコリと笑顔を浮かべてくれた
【 恋 】 「月元さんも、今日はいろいろとありがとうございました」
【 忍 】 「いえ、これが私の仕事ですので」
【 忍 】 「雅哉様。尚仁様。そして、お嬢様。向こうについても、どうかお元気で」
【 忍 】 「私はこの国から、お嬢様たちの無事を祈らせてもらいます」
微笑みながら、あたしたちに優しい声をかけてくれる月元さん
【 恋 】 「はい、ありがとうございます! 月元さんも、警備のお仕事大変だと思いますが、体に気をつけてくださいね」
【 忍 】 「お気遣い、ありがとうございます」
こうして、出発前の別れの挨拶を済ませるあたしたち
【 雅哉 】 「……忍兄。じじいのこと、くれぐれもよろしくな」
【 忍 】 「ええ。お任せ下さい」
おじいちゃんに対して口が悪かった雅哉も、本当は心配してる側面が見えたりして
短いけれど、感慨深い時間になった
……………………
…………
……
出発時刻まで残り10分となって、飛行機に乗り込んだあたしたち
先輩から渡されたチケットは、窓から外が見える席で
【 尚仁 】 「初めてなら、空からの夜景とか見てみたいでしょ? それに、外が見えた方が緊張しないって聞くし」
あたしのことを気遣って、この座席を選んでくれてて……
尚仁先輩には本当に頭が下がるばっかりだ
隣の席に座って、微笑む先輩の顔を見ると、気分が楽になって……
…………あれ? 隣の席?
【 雅哉 】 「…………おい兄貴。この席順はどういうことだ?」
【 尚仁 】 「えっ? どうって……なにが?」
【 雅哉 】 「なにがじゃねえよ! なんで兄貴が恋の隣に座って、俺だけ後ろの席なんだよ!」
【 尚仁 】 「なんでって……雅哉が窓際に座りたいっていうから、その席なんだけど」
【 雅哉 】 「うっ……! た、確かに最初俺はそう言ったけど!!」
【 雅哉 】 「窓際よりも、恋の隣の方がいいに決まって------」
『離陸まで後5分となります。お客様は座席に戻り、シートベルトの着用をしてください』
【 尚仁 】 「あ、シートベルト着用の案内があったし、ベルト締めないとだよ雅哉、相崎さん」
【 恋 】 「は、はい!」
い、いよいよ離陸なんだ……!
リラックスっていわれてたけど……やっぱり緊張してきちゃった
【 雅哉 】 「ちょ! その席でシートベルト締めるな兄貴!」
【 尚仁 】 「あっ、もう席を立ったらダメだよ雅哉。後、騒いでると------」
【 雅哉 】 「うるせえ! 俺の話はまだ終わってねえんだから------!」
「○β%▽▼§Σ=Ε◆$&Ω〒∧♭!!!」
【 尚仁 】 「ほら、フライトアテンダントさんが注意しに来ちゃった」
【 雅哉 】 「い、いや! これは喧嘩してるわけじゃなくて! ΘŇ∩◎_◎∩!」
【 恋 】 「えっ……?」
【 尚仁 】 「そんな言い方じゃダメだよ雅哉。α♪¢〆↑↓△〓♪…☆」
【 恋 】 「はっ……?」
「Oh…☆! ←→#∧♪~」
機内放送に従わなかった雅哉を注意しに来た、金髪のキャビンアテンダントさんは
最後は笑顔を浮かべて、歩いてきた通路を帰って行った
…………今、なにを話してたの?
なにを言ってるのか……全然わからなかったよ……?
………………こ、これって……もしかして……
【 尚仁 】 「ふぅ、注意に来たのが優しい人で良かったね雅哉」
【 雅哉 】 「……ちっともよくねえよ。結局、兄貴と席かえることが出来なかったし!」
【 尚仁 】 「14時間ぐらいのことなんだから、辛抱しなよ。そう思わない相崎さん?」
【 恋 】 「え……っと……まぁ、そうですね……」
【 恋 】 「そ、そんなことより……さっき二人が話してた言葉って……」
【 尚仁 】 「もちろんフランス語だけど……」
【 恋 】 「や、やっぱり!?!?」
【 雅哉 】 「なに驚いてるんだお前。フランス語なんて、中学の必修科目。普通話すこと出来るだろ」
【 恋 】 「な、ないよ! 全然ない!! 普通の中学校は英語の基礎をするだけで、話せるかも微妙だから!!」
【 雅哉 】 「そうなのか? …………てことは、お前もしかして」
【 恋 】 「フランス語なんて全然話せないよ!!!」
根本的に勘違いしていた
海外で生活してた尚仁先輩はともかく、
雅哉がフランス語を話せるなんて……みじんも思わなかった
それなのに、言葉の壁を心配してる様子がないことから
向こうに行けば、通訳してくれる人でもいるのかなって思い込んじゃってて……
だから、フランス語を話せない私が行ってもきっと大丈夫って、
思ったり……してたんだけど……
【 恋 】 「あたしはこれからどうやって生活するの~~~!?!?!?」
そんなあたしの不安な叫びは、
フライト時間を迎えた飛行機のエンジン音でかき消されて行くのだった……
【 善 】 「ん……? 今恋が何かを叫んでおらんかったか?」
【 忍 】 「気のせいではありませんか? 私には、聞こえませんでしたが」
【 善 】 「そうか……忍が聞こえておらんのなら、気のせいなのかのう」
【 善 】 「まぁ、あの子には雅哉も尚仁もおることだし、心配の必要はないじゃろうしな」
【 忍 】 「ええ。私もそう思います」
【 善 】 「では忍、わしらはわしらの仕事にかかるとするか」
【 善 】 「あの子たちが帰ってきたときに、よりよい天城寺学園の環境を整えるためにも」
【 忍 】 「そうですね。ただ……一つだけ不安があります」
【 善 】 「なんじゃ?」
【 忍 】 「私たちがいない間、学園の管理はどうなさるのですか?」
【 善 】 「ああ、そのことなら心配ない。 お主も良く知っていて、なおかつ信頼している相手に、理事長代理を頼んでおるからな」
【 忍 】 「私が信頼している人物……?」
【 善 】 「そうじゃ。林斗も彼のことは慕ってるからな。わしらがいなくても大丈夫じゃろう」
【 忍 】 「林斗が……? 善様が頼んだ相手というのは、もしや------」
『フランスからの最終便が空港に到着しました。お出迎えの方は、8番ゲート付近に……』
【 善 】 「さて、ちょうど彼が乗っている飛行機が到着したことじゃし、迎えに行くとするかのう」
【 忍 】 「かしこまりました」
To the next stage.